第20話 墓場鳥計画⑤

(1)


 誰もが城塞の大門に向かって全力で走っていた。

 着の身着のままで向かう者、髪を振り乱し幼子を胸に抱えて向かう者。家財道具を荷車に積んで向かう者。

 彼らに共通するのは、誰もが一刻も早く王都から脱出するべく必死になっているという一点のみ。しかし、逃げ惑う人々の流れから逆走して王城へ向かう者達がいた。


『国王を始め、王城にいる者全員、オルレーヌ新国王の手で命を奪われた』


 荷運びの仕事で訪れた屋敷で、エンゾはその身を震撼させる一報を知ることになった。

 あとの行動は言わずもがな。自国の危機に取り乱す屋敷の者達と荷車を置いて、取り急ぎユーグと共に荷車から離した馬で王城へと向かった。


 あの屋敷は王都の中でも西端寄り。中央に位置する王城まで辿り着くのに一日近くかかる。

 慣れない騎馬でも多少は慣れてくるが、馬に振り落とされない、流れに従う人々を蹄で蹴り飛ばさないように等、普段は使わない神経をすり減らすことこの上ない。先をいくユーグは慣れた動きで乗りこなしているが、馬を走らせる、乗りこなすのに精一杯なエンゾとは随分と違う。





 数か月前、額の怪我が快方に向かい始めた頃にユーグから聞かされた、『ロビンの歌とスレイヴの音で他国の王族を次々と殺害しては国を落とす』計画。


『ヴァンサン様は最初にヴァメルンで墓場鳥ナイチンゲール|計画を行う、と仰られていた。だが、この非人道的な計画が成功し他国を支配下に置いたとして、民からの信頼などどうして得られようか。それに……、計画による実験を重ねるごとに、ヴァンサン様は恐怖で人を支配することに悦びを見出しておられるようだった。前国王や重臣方の不審死も、間違いなく道化と奴隷を使ってのことだろう……。あの御方を止められる者はどこにもいない。もしも、計画の一つ――、ヴァメルン王城内での国王暗殺を実行するべくヴァメルン入りされるのなら――、私はもう一度ヴァンサン様にお会いし説得を試みたいのだ。万に一つの可能性とはいえ、あの御方に良心がほんの僅かにでも残っていると信じたい』


 正直なところ、ユーグの希望的観測は極めて絶望的だと思う。

 だが、彼が針孔程度の僅かな希望を信じたい気持ちも、今は分からなくもない。

 ユーグに付き従うのも、彼がヴァンサンと会う機会を狙えば自分もロビンと会う機会を得られるかもしれないから。会って、額の傷に関する文句を散々言い散らしてやりたかった。


 この数か月間、二人があえて敵国で暮らしていたのはそういう理由あってのことだった。
















(2)


 高見から群衆を見下ろすのは何と気分がいいことか。

 例え、殺意に満ちた目で睨み上げる敵国の軍隊だとしても。

 王城の玄関ホールから続く大階段の踊り場にヴァンサンは佇み、一段目の手前に設置された砲台、銃を構える薄灰の軍服を着た兵士達を愉快げに眺めていた。


 惨劇は和睦会談の場のみならず、城内全域で引き起こされた。正しくはロビンとスレイヴを使ってヴァンサンが引き起こした。

 今現在の王城には、身分卑しい使用人を含めヴァメルン人は一人も残っていない。あるのは、城内のあちこちに転がる狂い果てた末の死体だけ。あとは、眼下で殺意を漂わせる軍隊か。

 軍隊の突入はある程度予想通りだが、まさか一日足らずで突入されるとは。狂いだす直前に逃亡した者が報せたのかもしれない。


「まぁ、それはそれで愉しみが増えた――、な」


 ヴァメルンの軍隊が年々少数化し、弱体しつつあるとは聞き及んでいた。訓練を受けた職業軍人よりも強制的に徴兵した素人の一般兵が過半数を占めていると。

 しかし、国を揺るがす緊急事態下に置いては一般兵に出る幕はない。なので、この場に集う兵は全て職業軍人だろう。だが、如何せん数が少なすぎる。精鋭を選出したのだろうが、それでもたったの二十数名しかいない。


 ヴァンサンの口角が吊り上げる。

 それが合図かのように、兵士達が構えた銃口から火が噴いた。


「無駄だよ」


 ヴァンサンの厭な笑みは益々深まっていく。刹那、踊り場と段差の境目から天井にかけて薄緑色の防御壁が築かれた。

 防御壁にめり込んだ弾丸は跳ね返され、兵士達目掛けて降り注ぐ。赤砂岩の壁と柱、石膏のホールと階段、臙脂色の絨毯に朱が飛散する。

 跳弾した弾丸数発で天井のシャンデリアが割れ、階下へまっすぐ落ちてゆく。硝子が割れ、金属片がひしゃげる音と悲鳴が重なり合う。

 新たな惨劇の最中、比較的軽傷の者達が大砲を発射させた。やはりというべきか、砲弾は防御壁によって弾き返されてしまう。


 瓦礫と化した階下、朦々と舞い上がる粉塵と共に飛び交う血飛沫と肉片、断末魔の叫び。

 高揚を抑えきれず、ヴァンサンは勝ち誇ったように高笑いし始めた。


 これでこの城は攻め落としたも同然。昨日に引き続き、気持ちいい程に計画が順調に進んでいる。

 ロビンの母のこともあり、ヴァメルンでは数年前から盛大な魔女狩りが行われ、力を持つ魔女全員火刑に処されたと聞く。だから、武力ではなく魔法を行使すればひとたまりもないとは思っていたが。

 まさか、こうもあっさりと陥落できるとは。


「ヴァメルンの国王は真の愚王だよ。王妃とその外戚、臣下の顔色ばかり窺う余り、真に重用すべきロビンの母を失った。挙句、国の脅威となり得る存在ロビンを保護することなく放置したのだから。まぁ、お蔭で私は唯一無二の人間兵器を手に入れられたけれども!」


 芝居がかった動きで両手を掲げ、ヴァンサンは高らかに叫ぶ。役者然とした彼の言葉、動きは階下にいる者達の目にはもう映らない。

 踊り場から左右に続く階段にいる者達――、右側の段差の途中に腰掛けて鼻歌を唄うロビン、左側の段差の途中で優雅にヴァイオリンを弾くスレイヴの二人だけが見ていた。


「ロビン!」

「はぁーい!」

「これでお前の『復讐』も果たせたことになるな!」

「んんー??」


 ロビンはいつもの如くコテンと首を傾げた。そんなに曲げて痛くないのかと思う程に。

 背を向けているヴァンサンには見えないが、愛らしく首を傾げる姿は想像に容易い。


「……まぁ、いい。利害の一致とはいえ、お前の復讐にも手を貸してやったのだから、これからも私の人間兵器として動いてもらうよ。私の可愛い、可愛い小鳥」


 ロビンが返事をしたかどうか、自身の笑い声で聞き取れなかった。否、例え、返事をしてなかったとしても構うものか。


 ヴァンサンの高笑いはなかなか止まなかった。だから、彼は気付く由もなかった。

 ヴァイオリンの音が止んでいたことを。いつの間にか、スレイヴが背後に佇んでいたことを。

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