第12話 墓場鳥計画・序③

(1)


 城壁のような大階段を下ると、そこは大きな広場があった。その広場に向かって続々と人が集まっている。ある者はわざわざ仕事を、ある者は井戸端会議を中断し、幼い子供達までもが大勢階段を駆け下りていく。

 彼らが向かう先は中心にある絞首台だった。近くの教会で鳴らす正午の鐘と同時に、罪人達が一斉に絞首刑に処されるのを見物したいがために。


 数が増す一方の野次馬を横目に、絞首台から少し離れた場所でロビンは一人唄っていた。彼の周囲にも数人程度だが、立ち止まって歌に耳を傾ける者達がいた。しかし、大多数は見向きすらせずに横を素通りするのみ。

 ロビンは頭に被っていたローブのフードを取り外す。注目が集まりやすいよう、わざと焦らすかのようにゆっくり、ゆっくりと。その間にも歌に聴き入っていた人々の口から息を飲む音が聞こえ、俄かにざわめきだす。

 周囲の反応など構わず歌い続ける。ロビンが素顔を晒したことで素通りしていた人々までもが何事かと集まってくる。彼らは一様に、ロビンの歌ではなく美しくも奇異な彼の容姿に見惚れ、また少なからず畏怖の念さえ抱いていた。それまでは純粋に歌を聴き入っていた者でさえも。

 たかだか容姿一つで――、煩わしい、厭わしい。眉を顰めたいのを堪え、代わりに薄く微笑みながら唄い続ける。


 風変わりな美貌と生まれ持った魔力によって、これまで良くも悪くも人間扱いされてこなかった。唯一人間扱いしてくれたのは母だけ。その母も、すでにこの世の人ではなくなった。

 孤独だ。なのに、母は何があっても生き抜けと言い遺した。

 だが、敵国では日の当たる場所で生きていけないだろうし、そうかと言って母を殺めた自国に戻れば自身も命を狙われる。どこへ行こうと自分には安寧を得られる場所などない。

 では、どうすれば――??


 安寧を得られないなら、得られるように世界を壊して作り直せばいい。


「貴様!誰の許可を経てここで唄っている?!」

「言葉にヴァメルンの訛りが混じっている。おまえ、さては密入国者だな?!」


 左右をがっちりと固める衛兵達に腕を取られ、引き摺られながらもロビンは内心ほくそ笑んでいた。











(2)


 中庭では赤、黄色、白、薄桃と、色とりどりのバラが見事に咲き誇っていた。

 春の妖精が舞い降りたような華やかな庭園を、バラと同じく色とりどりのドレスを纏う、日傘を差した貴婦人が従者や侍女を伴って散歩している。けれど、貴婦人たちは花のような装いに反し、美しいかんばせを不快に歪めている。彼女達の汚らわしきを見る目は、花壇の煉瓦の上を歩くロビンと後ろで鎖を引くエンゾへと注がれていた。


 ロビンのはしゃいだ声が晴れ渡った空へと高く響く。はしゃぎ声が大きければ大きい程、貴婦人たち(と従者や侍女)の視線に含まれる不快感も増していく。遂には耐え切れず、近くの者とひそひそ話を始める者すら出てくる。

 ロビンの押しに根負けし、仕方なく中庭まで来てみれば案の定――、周囲の視線が痛いわ、これみよがしの影口にも腹が立つしでエンゾの苛立ちも強まっていた。


「ねーねー、エンゾ!」

「あ゛ぁ??……んだよ!!」

「バラ!バラ!!きれーだよぉ!!」

「あぁ、そーだな」


 棒読みで適当に返事したにも関わらず、ロビンはにこぉおおーっと嬉しそうに笑う。中庭じゅうのバラ全てを集めても敵わないだろう、華やいだ笑顔で。


「……っつ」


 こんな笑顔を見せられては『もう戻るぞ』なんて口が裂けても言えない。

 エンゾもまた、不機嫌顔から一転、自然と頬が緩んでいた。

 すると不思議なことに、あれだけ厭わしかった視線もひそひそ声も気にならなくなってきた。

 笑顔一つで心持が変わるとは。これも何らかの魔法なのだろうか??


「もうかえろっかー」

 中庭全体を二周ほどしたところでロビンは花壇からぴょんと勢いよく飛び降り、エンゾの傍へ駆け寄ってきた。道化服に似たドレスの裾と不揃いな髪、声の弾み方からすっかり上機嫌なのが伝わってくる。

「よし、今度こそ戻るぞ」

「うん!」


 ロビンを連れ立って花壇から離れる。依然、背中には中庭に残る人々からの視線が突き刺さる。その視線から逃れるべく王城の一角にあたる建物の陰へとロビンを誘導した時だった。微かな生臭い腐臭がどこからか漂ってきた、気がした。嫌な予感に、咄嗟に鎖ではなくロビンの腕を引いて建物の雨どいの下に身を隠す。直後、頭上の窓から大量の廃棄物(臭いから察するに厨房の残飯ゴミ)が落下してきた。

 エンゾが王都や王城に入って(ロビンやスレイヴ達の件以外で)一番驚いたのは専用の龜に溜まった排せつ物や残飯を窓から投げ捨てるという処理方法だった。

 普通は階下に人がいないかをよく確認する筈なのに。そもそも廃棄物を投げ捨てる窓は別の窓ではなかったか。忌々しげに頭上を見上げていると、中庭から一際大きな嘲笑が漏れ聞こえてくる。


 今度こそエンゾの堪忍袋の緒が切れた。


「はぁああん!?クッソがぁああ!!」


 ロビンの手を掴んだまま、中庭に駆け戻ると嗤う人々を順に睨みつける。ほとんどの者は狂犬じみた様子のエンゾに気圧されて笑うのを止めたが、約一名だけ、更に愉快そうに笑みを深めた者がいた。青色の軍服、貴人の警護を務める衛兵の一人である。

 この衛兵にどうも見覚えがあるような――、と、僅かに残された冷静さを駆使し、エンゾは目を細めてその衛兵を見据えた。


「図体の大きさと素早さだけは変わってないなぁ、負け犬くん」

「……あぁん??だ・れ・が負け犬だと、こらぁ」

「反抗心の固まりで教官から軍を叩きだされる奴など、負け犬以外何と呼べばいい??」


 思い出した。この男は軍に入隊時の同期の一人だ。まさか、王城の衛兵になっていたとは。

 負け犬呼ばわりに噴煙が上がりそうな程頭に血が昇る。顔が酷く熱い。

 しかし、揉め事起こせば魔血石が爆発する可能性も高い。爆死しようものなら、自分は死して尚負け犬呼ばわりされ続ける。それに、こいつら衛兵や中庭の人々はともかく、ロビンを爆発に巻き込む訳には――


「まぁ、気狂いの愛玩動物の世話なら犬でもできるし、きみの割に合っているんじゃない??……って、うげぇっ!!」


 ロビンを侮辱する発言を聞いた瞬間、衛兵目掛けて腐った残飯がこびりついた石を顔面に投げつけていた。丁度、残飯の部分が高慢そうな唇に直撃し、胸のすく想いがした。


「うげぇええ!!ぺっぺっ!!こいつ……!!」


 口許を軍服の袖口で必死に拭い、目尻に薄っすら涙を浮かべながら衛兵は帯剣した剣の柄を握りしめる。貴婦人たちから甲高い悲鳴が上がり、一触即発の事態かと思われた矢先。


 突然、どこからか激しい旋風が巻き上がった。

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