第11話 墓場鳥計画・序②
(1)
城の裏手の花壇は相変わらず荒れ果てていた。
あの夜、ロビンの歌声で確かに生命を取り戻した筈の花壇の花々、木製アーチに絡まる蔦、裏庭を囲むライラックは元通りに枯れてしまっている。再び寂れてしまった花壇の細い煉瓦の上を、ロビンは覚束ない足取りで歩く。時折、均衡を崩しかけては華奢な身体を右に左に揺らしていた。
「なぁ、ロビン」
「んんー??」
ロビンはぐるんと勢い良くエンゾを振り返った。不揃いな長さの白い髪、チョーカーの魔血石、道化服に似た衣裳の袖や裾にあしらわれた黒いレースが揺れる。チョーカーの革紐に結び付けられ、少し離れて後ろを歩くエンゾ(もちろん花壇の上ではなく地面を歩いている)の手元まで伸びる鎖も動きに合わせて大きく揺れる。
牢獄という鳥かごで飼われ、外では犬のように鎖で繋がれる。胸の奥から苦いものが込み上げ、エンゾは奥歯をぎりり噛みしめた。
しかし、下手な動きを見せたら(とはいえ、特に何か行動するつもりなど毛頭ない。そもそも考えてすらいない)、いつ何時、自身の首元でも妖しく輝く魔血石が爆発するかわからない。
ロビンが哀れと思えど、それは己の命あってのこと。そう、己の命が第一なのは当たり前。当たり前だけどれも――、こちらの気も知らず、不思議そうにみつめてくるロビンの呑気さがやけに腹立たしかった。
「ここの花をまた咲かせてみせてくれよ」
「んんンンンんん~??」
戯れに口をついて出た言葉に、ロビンは耳が肩にくっつきそうな程首を傾げてみせた。
あんなに傾げて首を痛めやしないか、そもそも痛くないのか。
呆れ半分感心半分で見返せば、あちらもまたきょとんと見つめ返してくる。
「んんん~じゃねぇって!だって、おまえ――」
あの夜、歌で裏庭の花々を蘇らせていたじゃないか。
喉元まで出かかったが、寸でのところで言葉をぐっと深く飲み込む。ロビンが忘れているにせよ恍けているにせよ、口に出したらまずいのでは、と気付いたからだ。
明るい陽光で赤みが更に増した(ように見える)魔血石にもちらと視線を落とす。魔血石の反応も気になってしまう。魔血石に自爆する力を持つというのなら、盗み聞いた会話をヴァンサンかユーグあたりに送り込む力もある、かも、しれない。
「んんー、んーんん??かれたお花はねー、かれちゃったらもうおわりー」
「お、おぅ……、だよな」
「ねーねー、エンゾ!ここはもう飽きた!中のお庭いきたいよ!」
「あん??中庭、かよ」
中庭と聞いてエンゾは渋面を浮かべた。ただでさえ悪い人相が更に険しくなる。
ロビンの言うところの中庭は四季折々の花々が季節ごとに咲き誇り、花々の美しさ、芳しい香りを楽しむために多くの王侯貴族が集まる場所。王侯貴族に限らず城の使用人、城外からの訪問者、中庭を警護する衛兵の姿も多く見かける。そんなところにロビンが姿を見せようものなら、彼らの物笑いの対象になってしまう。
「あー……、やめた方がいいと思うぜ」
「なんで?!」
ロビンは盛大に叫び、花壇からぴょん!と飛び降りてエンゾの傍へと駆け寄ってくる。エンゾが握るロビンの鎖が小刻みに撓む。
「なんで?!とか言われてもダメなもんはダメだ!!」
「なんで!?なんでなんでなんで!?!?」
「ああぁぁああああ!!くっそめんどくせぇ!!な・ん・で・も・だっつーの!!!!」
ロビンがエンゾの言葉をどこまで理解できるか分からないが、本人に『ダメな理由』など口が裂けても言える訳がない――、なのに。ロビンはしつこく食い下がってくる。
「ねーねー、エンゾー、なんでーなんでー??」
「お前は三歳児か?!」
相手がこいつじゃなければぶん殴ってでも黙らせるのに。
暴力以外で黙らせる術を持たなかった自分を、この時エンゾは初めて後悔したのだった。
(2)
「あぁ、そうだ。今朝方、面白い話が舞い込んできたよ」
「ヴァンサン様……!」
スレイヴではなく楽譜に視線を落としたままでヴァンサンは話を続けた。何を言い出すつもりか察したユーグが窘めてくるのを無視して。
「コティヤール夫人が懐妊したらしい」
窓越しの階下、裏庭ではしゃぐロビンとエンゾを眺めていたスレイヴはゆっくりとヴァンサンへと向き直る。琥珀色した切れ長の双眸からは何の感情も読み取れない。
「それのどこが面白い話なのでしょうか」
丁寧な口調が却って皮肉っぽさを引き立たせる。仮にも王太子に対するものではない。
だが、ヴァンサンは気を悪くするでもなくむしろ愉快そうに表情を緩めた。
「父は二年近く病床についている。寝たきりの人間とどうやって子を成す??」
「さぁ??私には皆目見当つきませぬが」
「スレイヴ、本当は気付いているだろう??」
スレイヴはどうでもよさそうに鼻を鳴らすと口を噤んでしまった。どこまでも不遜なスレイヴの態度にヴァンサンの意味ありげな笑みはより深まっていく。扉の前に立つユーグの眉間の皺も深まっていく。
「姦通だよ、間違いない。あの女は断固否認しているけれどね。父と瓜二つの男と交わる夢を見た直後に身ごもったとか。はは、なんて苦しい言い訳か!」
「……あぁ、夫人はおそらく夢でインキュバスと交わられたのやもしれませんね。奴らは時折、サキュバスに姿を変えて人間の男と交わることもあるとか。更には、人間の男からもらい受けた精を元のインキュバスの姿で人間の女に放つ悪戯を仕掛けることもあるそうで」
「なんと悪趣味な」
「相手が夢魔であれ人間であれ、どちらにせよ姦通罪は適用されるだろう」
遂に嫌悪感を口にしたユーグには反応せず、ヴァンサンはくつくつと忍び笑いを漏らした。
「あの女さえいなくなれば墓場鳥計画の実行を早められるし、その分私が王位を手に入れるのも早くなる。いつでも計画を実行できるよう、スレイヴ。お前とロビンには頑張ってもらおう」
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