空に走る

えーきち

第一話 手紙

 拝啓

 うだるような暑さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

 燦燦と降り注ぐ陽光の下、思い切りプールにでも飛び込みたいところですね。

 といっても、葵様がこのような考えに同意なさる方でないことは重々承知しております。

 昔から、そのような私の誘いには、一切乗られませんでしたから。

 しかしながら、時には思い切り羽を伸ばして、小説以外のことを楽しまれるのもいいものだと思いますよ。



 と、まぁ堅苦しい文章はこの辺で。

 俺の日頃の文体とは懸け離れるから、些か気持ちが悪いんだ。

 お前だって、そう思うだろ? でももっと凝って、俺からの最初で最後の手紙が純文学風に認められていたら、それはそれで滑稽だったかもしれないな。

 一度、やってみればよかった。是非ともお前の感想を聞いてみたかったよ。


 

「文豪はペンだろ?」なんて豪語していた高校時代が懐かしく、パソコンではなく万年筆を取ってみた次第なんだが、どうだろうか?

 どれだけ離れていてもあっという間に連絡が取れてしまうこのご時世に、わざわざ手紙だなんてな。笑ってもいいんだぜ?

 でもそれが逆に俺っぽく感じるのは気のせいだろうか?

 文藝部の頃から馬鹿みたいなお題を出し合って、やたらめったら文章を書いたよな。

 文具卸の店で買った、安い原稿用紙の上を、これまた安い万年筆を走らせた事ばかり思い出すんだ。ペン先が引っかかってインクが滲んだ下手くそな字でな。

 蚯蚓が這い回ったような字は、今でも相変わらずだが。



 高校卒業から実際に顔を合わせたのは何度あっただろう?

 元々、仲間内の集まりにも参加しなかったお前だ。

 まぁ、会っていなくても投稿サイトに公開されるお前の小説を読むのが、唯一お前が元気に暮らしている証でもあったな。

 誰が読んでくれる訳でもない俺の小説を、真っ先に読んでくれたのはお前だった。そしてお前も、公開する前の小説を俺に読ませてくれた。

 お互い意地っ張りだったから、その時は褒める言葉なんてなかったよな。

 そりゃあもう、正論、指摘の応酬だった。時には馬鹿にしたり、されたりした事もあった。けど、それが今の俺を作っているんだ。

 お前に読んでもらう事で、俺は今でも書き続けてこられたんだと思う。



 ここ最近は頻繁に昔を思い出すんだ。

 文芸部の部室で初めて会った時、俺を試すように言ったおまえの言葉を覚えているか?

 驚いたよ。手を出してきたから握手でも求められているのかと思ったら、作品を見せてくれる?だからな。

 お前は人付き合いが上手な方じゃないから、「物書きは作品が総て」っていうお前の言葉は今でも忘れない。

 それからというもの、俺の尻を叩く様に、次の作品を読ませて、なんて言ってくれたのは、少しは俺の書いた作品を気に入ってくれてたって事だろうか?

 お前の作品はいつだって凄かった。お前ならすぐにでも商業デビューができるものだと信じて疑わなかった。けど、そう簡単な話じゃなかった。

 俺はともかく、お前の名前も世に出る事はなかった。

 ここ最近は投稿サイトに短編をアップするだけのようだが、相変わらず今でも公募に出しているんだろ?

 俺は出していたぞ? 相変わらず一次通過程度の鳴かず飛ばずの結果でしかなかったが。

 高校の頃からずっと書き続けていても、なかなか思うようにはいかないって事だ。

 自分より若い奴らが出てくる度に、才能の差を感じてやまなかった。

 そんな事を言うと、お前はまた人を馬鹿にしたように笑うんだろうな。

「私は誰かに読んで欲しくて書いている。その過程にデビューというものがあるだけで、デビューできなければ書かないという訳じゃないの。私は書く。それしかないから。それしかできないから。ずっと書き続ける。それができない奴は、最初から書かなければいい」

 なんてな。

 わかってるさ、俺だって。俺は、お前に負けたくなかったんだ。

 小説は勝ち負けじゃないけどな。でも、だ。

 俺は、お前の描く世界に陶酔した。

 憧れた。

 畏怖の念を覚えた。

 頂きの見えない山を見上げている様だった。

 俺はお前にはなれない。お前の書く物語は、どんなに頑張っても、俺には書けない。

 お前よりも面白い話が書けないのなら、お前よりもたくさんの物語を生み出すだけだ。

 もっと書きたい。もっと、もっともっともっと――――――――――

 駄目だ。違う。そうじゃない。そうじゃ――――――――――ない。

 時間が、時間がないんだ。


 

 もうな、じっさいかなりもじをかくくのがつらいんだ。

 ぼうとうのはいけいからここまでで、いったいなん日かかっているんだろう? たぶん十日……いや、半月くらいだろうか?

 うでがおもうようにうごかない。てのかんかくがないんだ。

 目もかすんでじぶんのかいているじがよくみえない。

 ひらがなばかりな上、へんなじでわるいな。たまにちょうしがいいときをえらんでかいてはいるんだが。うごかないんだよ。てが。

 なんでかな? もっとたくさん、かきたいのに――――――――――



 かきたい――かきたいよ――かきたいかきたい――――――――――


 ごめん――――――――さいごのさくひん――――――――こんなだぶんで


 でも――――――――――おれ――――――――――かいた


 かいた――――――――――その、しゅんかん――――――――――まで


 あお――い――――――――――さよ

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