【七夕特別番外編】Once a year is not enough

朝。

夢の中から浮上する意識と共に、沙奈の指先はシーツの上を滑り、傍にあるはずの温もりを探す。

彷徨う指は美優がいるはずの定位置を越え、ベットの端にその温もりを捕まえた。

「ん……」

寝ぼけたまま、ベットの端に座る美優の太腿を撫で、そのまま身体を美優に寄せる。

「何してるの?」

目を閉じたまま、美優の太腿とシーツの間に顔を埋めて、くぐもった声で問いかけると、美優の手が優しく沙奈の髪に触れた。

「ごめん、起こしちゃった?」

「ううん、まだ起きてない」

「そっか」

さらさらと頭を撫でられる感触が気持ちよくて、沙奈の意識は再び夢の中へ引き込まれそうになる。

カサリ。

そんな沙奈の耳に紙の擦れる音が聞こえた。

「んん……」

美優の太腿によじ登る様に頭を預け、手を伸ばす。

沙奈を撫でているのとは反対の美優の手の中に小さな紙の感触があった。

うっすらと目を開けると、そこにはピンク色の人型に折られた折り紙が握られている。

「これ何?」

眠そうに尋ねる沙奈に美優の苦笑交じりの声が聞こえる。

「織姫様」

沙奈の頬に柔らかな感触が一瞬接触して、離れた。

「寝起きの沙奈ってほんとに可愛い」

耳元で囁かれて、今、自分がキスされたのだと理解する。

「織姫様って七夕の?」

「そう」

「七夕っていつも何もしないよね?」

「竹に短冊結んで川に流すなんて都会で出来る訳ないじゃん!」

はて。七夕とはそんな行事だっただろうか。

いや、そうだったかもしれない。

飾り付けた笹を川に流す。

「竹じゃなくて、笹……」

「どっちでも手に入らないし処分に困るでしょ?」

確かに。

特に何を食べる訳でもない。

願い事を短冊に書くくらいしか沙奈も知らない。

「お願い事とかしないの?」

少しづつ目を醒まし始めた脳の活動と共に目を開けると、沙奈は美優を見上げた。

「お願い事は……」

変わらず沙奈の髪を撫でながら、美優は手の中にある折り紙を見つめる。

「年に一度しか恋人に会えない人たちに、二人より幸せな私がお願い事するのは気が引けるなぁって」

少し恥ずかしそうに笑う美優の微笑みが可愛くて、沙奈は少し身体を起こすと、そのまま美優を押し倒した。

「ちょ……沙奈ってば」

「可愛い美優が悪い」

「可愛いのは沙奈でしょ?」

小さく微笑み合いながら口づけを交わす。

「私ね、七夕は教訓だと思ってるんだ」

「教訓?」

「うん。毎日会える事は当たり前なんかじゃないって。傍にいる事は普通じゃないんだって」

美優の中にあるピンクの折り紙に、愛しい人と引き離された哀れな女性の姿が重なる。

恋しくて恋しくて。すぐそこに姿は見えるのに、大きな河が二人を阻む。

「会えるだけ幸せなんじゃない?二度と会えない人もいるんだし」

「それはそうだけど……。もしね?」

「ん?」

「もし私が沙奈と離れ離れになったらって思ったら……」

そう呟く美優の瞳にうっすらと涙が滲んでいく。

「そう考えたら私……」

手で顔を隠そうとする美優を遮って、そっと唇で涙を拭う。

「ここにいるよ」

「うん」

するりと美優の腕が沙奈を抱きしめる。

「閉じ込めて出してあげないから」

「今日はお休みだからずっと一緒にいられるしね」

「今日だけじゃなくて、ずっとず~っと閉じ込めて私だけのものにするもん」

「でも、七夕の二人って仕事もしないでイチャついてたから引き離されたんじゃなかった?」

「もう!沙奈っ」

身体を離して頬を膨らませる美優が可愛くて、思わずその鼻先に口づける。

「心配しなくても、私はここにいるよ」

美優の傍に。美優のいる場所に。

「絶対?」

「絶対」

「約束してくれる?」

「約束する」

嬉しそうな笑みと共に近づいてくる美優の唇を、そっと迎え入れる。

「来年は二人で天の川に向かって願い事でもしてみよっか」

「なんてお願いするの?」

「私と美優がずっと一緒にいられますようにって」

「他力本願しなくても沙奈を離すつもりないもん」

「それは……どうかな」

ニヤリと笑って、美優の横腹をこちょこちょとくすぐる。

「ちょっ……沙奈っ!もう!ダメって……んっっ!」

美優の官能の欠片を確認して、沙奈はそのまま指を美優の身体へと滑らせる。

重ねる唇が先ほどよりも深度を増して、激しく絡み合う。

美優の首元に唇を移して大きく息を吸い込むと、シーツのおひさまの匂いと美優の香りが混ざり合った沙奈の大好きな香りがした。

「美優」

耳元に熱い吐息で囁くと、可愛い声をあげて美優の身体がぴくんっと揺れる。

沙奈の頭の片隅に年に一度しか会えない恋人たちの姿が浮かんだ。

それは遠い遠い、昔々の物語。

沙奈は思う。

もしそんな時代に生まれていたとしても、例え神が引き離そうとしたとしても、きっと美優を離しはしないと。

「沙……奈……っ」

沙奈の身体を熱くする甘い声が鼓膜を揺らす。

「美優」

荒くなった吐息のまま沙奈を見上げる潤んだ瞳に、少しだけ妖艶に微笑んでみせる。

「今日は1年分まとめて愛してあげる」

沙奈の宣言に美優が身体をよじる。

「やだ……そんなのやだ……」

「どうして?」

「明日も明後日もぎゅうしてくれなきゃ……やだぁ……」

縋る腕に抱きしめられながら、その耳元に囁く。

「じゃあ、ぎゅうだけはしてあげる。他は来年までお預け」

「やだやだ!沙奈のいじわるっ」

いやいやと身体を揺らす美優を優しく抱きしめて、耳を甘く噛んだ。

「っ!」

美優の肌へと顔を摺り寄せ、身体全体で温もりを味わう。

愛しても愛しても愛し足りないのに、一年分が一日で終わるわけもない。

「沙奈……っ……沙……っっっ」

毎日。

24時間。

365日。

愛し合えたなら。

それがきっと。

一番幸せ。



fin

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Red cyclamen perfume 雨音亨 @maywxo

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