【バレンタイン特別番外編】Tasting after the bath

暖かな部屋の中に、出来上がった料理の香りが満ちていくのを感じながら、美優はホワイトソースをティースプーンで掬って小さく息を吹きかける。

程よく冷めたホワイトソースを口に含むと、口の中に広がるクリーミーな味わいに二、三度微笑みながら頷いた。


『Tasting after the bath』


「ただいま~」

仕事を終えて、沙奈が帰宅すると家の中には美味しそうな香りに包まれていた。

この匂いは……シチューかな??

うきうきとキッチンに向かう沙奈を美優が笑顔で出迎えてくれた。

「お帰り沙奈!」

パタパタと走って、沙奈の首に腕を回して抱き付いてくる美優を支える為に、沙奈の手からカバンが転げ落ちる。

「お仕事お疲れ様」

「美優も家事お疲れ様」

抱きしめ合いながら、互いをねぎらって軽く口づけを交わす。

「今日はシチュー??」

「ううん、ホワイトグラタン」

「やった!ちょうど食べたかったんだよね~」

「言ってくれれば好きなのいつでも作るのに」

「言わなくても好きなの作ってくれてるからいいの」

もう一度、見つめ合って唇を重ねる。

「お腹すいたでしょ?準備するね」

キッチンへと戻っていく美優を見送って、沙奈はカバンを拾い上げる。

その中にある箱の存在を思い出して、美優へと呼びかけた。

「美優」

「なぁに?」

「じゃじゃん!!」

カバンから取り出した箱のパッケージに美優の瞳が輝く。

「嘘!!限定品!?」

「そう、限定50個の超レア品よ~」

沙奈は取り出したのは、某有名チョコレート店のバレンタイン限定&数量限定の人気チョコレート。

以前、この商品が話題になった時に美優が食べてみたいと言っていたから、半休とって並んでしまった。

前日からの徹夜組がいた時はダメかとも思ったけれど、なんとか無事に手に入れることが出来た。

「すごいすごい!!凄いよ沙奈!!」

ぴょんぴょん跳ねながら喜ぶ美優の姿が嬉しくて、沙奈の心も弾む。

「ほら、開けてみて」

美優がシックなワイン色の紙の包装を開けると、中には緑と黒と白のマーブルに彩られた箱が姿を現した。

「開けるよ」

「うん」

恭しい所作で美優が箱を開く。

白い陶器で出来た本体には、薄いピンクに花の装飾。

小さな天使が二人、寄り添って口づけしている可愛いオブジェ。

「なにこれ可愛い~」

「黒もあったんだけど、美優はこっちが好きかなって思って」

「うんうん!」

嬉しそうに取り出した陶器の入れ物は、引き出し式になっていて、その中にチョコレートが納められている。

そっと引き出しを開けると、綺麗なオルゴールの音色が流れ始めた。

曲は『星に願いを』

優しい旋律の中、姿を現した5つのチョコレートに、美優が感嘆のため息をついた。

「綺麗……」

美しく並べられたチョコレートは艶々と色鮮やかに輝き、まるで宝石のようにそこに鎮座していた。

「えっと、何々~」

チョコレートに見とれている美優に、付属の説明書を広げて沙奈はチョコレートの名前を読み上げる。

「チョコピスタチオーネ。オレンジフロマージュ。エンジェルトーク。エアリーフェアリー。ドリームキス」

後半になるほど一見なんだか分からない名前になっていく説明書を見つめて、沙奈は現物と見比べる。

ドリームキス……。どんな味よ。

とはいえ、さすが諭吉さんが一枚さよならするだけのお値段に見合った装飾といえなくもない。

チョコを食べた後も、アクセサリー入れとして十分使用出来る。

完全に女性向けのフォルムをホワイトデーではなくバレンタインに販売する辺り、時代がしっかり進んでいる事を感じる。

いつだって、政治より商業の方が時代には遥かに敏感なのだ。

チョコを異性にのみ贈る時代ではもうない。

友チョコもあれば、自分へのご褒美もある。

そして、同性への恋人へ贈る場合も。

美優と一緒にいつか指輪を買いに行く時には、自然と『おめでとうございます』と言ってもらえる。

そんな時代になりつつあることを沙奈は純粋に嬉しく思う。

「ね、ね、食べていい??」

「勿論よ」

沙奈の返事に嬉しそうに微笑むと、美優は一番左のチョコレートを口に入れた。

緑色にコーティングされているところを見ると、恐らくあれがチョコピスタチオーネだろう。

「どう?」

「おいし~~~」

僅かに天井を仰ぎながら、美優が瞳を閉じた。

本当に美味しいものを食べた時の反応。

「すっごい濃厚でね、ピスタチオの香りとチョコの香りが鼻に抜けてくのが幸せすぎる~」

「そうなの?」

そういいながら、沙奈は美優を抱き寄せる。

「沙奈?」

「ちょっと味見」

唇を重ねた。

美優の中に残るチョコピスタチオーネの残滓は確かに濃厚で、芳醇で、わざと重くしたチョコのテイストとピスタチオの香りがいいバランスで主張しあう素晴らしい味だった。

「ん……」

ゆっくりと唇を離す。

「ほんと、濃厚な味のチョコ」

少し潤んだ瞳で、美優が沙奈を見上げた。

「もしかして……全部味見、する?」

「してほしい?」

瞳を見つめて問う沙奈に、美優の頬が赤らむ。

「べ、別にそういうんじゃ……」

「してほしくないの?」

視線を反らす美優の耳元に囁きかける。

「チョコレート味のキスは嫌い?」

美優が小さく左右に首を振る。

「じゃあ、次、食べて」

まだ4つ残るチョコレートを指さして、促す。

顔を赤くしたまま、美優がゆっくりチョコレートに手を伸ばす。

オレンジピールの乗ったチョコを指先で摘まんで、そっと口の中に入れた。

「どう?」

「美味しい……」

「そう」

俯く顔をこちらに導いて、深く唇を重ねる。

二人の間でゆっくりと溶けていくチョコレートの爽やかなのオレンジの芳香が、互いの吐息から漏れる。

「沙……奈……」

チョコを分け合いながら、美優が沙奈にしがみつく。

震え始めた身体を支えて、沙奈はそっと唇を離した。

「ほんと、美味しいね」

荒くなった美優の吐息が、沙奈の頬にかかる。

「ね、沙奈」

「何?」

「先にお風呂入って来て」

「どうして?」

理由なんて聞くまでもない。

「全部味見させてくれる?」

「……うん」

既に焦れ始めている身体を沙奈に摺り寄せる美優を一度強く抱きしめて、沙奈は身体を離した。

「それじゃ、味見はお風呂の後でね」

「うん……あの」

「ん??」

「早く戻って来てね」

「了解」

潤んだ瞳に口づけて、沙奈は浴室へと向かう。

これから起こるであろう事の甘美さに正直お風呂どころではないのだが、美優にもっと焦れてもらう為には丁度いい。

この先、チョコを食べる度に沙奈のキスを思い出すようにしてしまおうか。

それとも、チョコを食べると沙奈が欲しくなるくらいまでに調教してしまおうか。

少なくとも今夜、美優が5つ目のチョコレートを口にすることはないだろう。

ドリームキスは、これから沙奈が美優にたっぷりと贈るのだから。



Tasting after the bath 

fin

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