【Christmas特別番外編】Holy night and a holy morning 


朝と呼ぶにはまだ早い時間。

沙奈は肌寒さを感じて目を覚ました。

リビングのラグの上で並んで眠る美優の後ろに毛布は滑り落ち、沙奈はおろか美優の背中さえ温めているのかも怪しい。

むき出しになった互いの肌の表面が、冷たい。

風邪を引くと毛布を引き寄せて、美優の身体に掛ける。

ふと見上げたダイニングテーブルの上には、まだ手付かずの冷めたピザとケーキ。

それから美優の作ったシーフードサラダとアヒージョと唐揚げ。

空けられた白のスパークリングワインとグラスが半端な量を保有したままそこの佇んでいた。

「あー……やっちゃった」

グウとなるお腹の音と共に、沙奈は小さく独り言ちた。


『Holy night and a holy morning』


美優は基本的に記念日というものが好きだ。

初めて二人で食事をした時「今日を記念日にします」と嬉しそうに笑っていた。

付き合い始めてからも、お正月は言うに及ばす、節分、バレンタイン、雛祭り、ホワイトデー、ハロウィン等年行事に加え、沙奈と出会った日、付き合い始めた日、そして誕生日と美優の中では年中どこかに楽しいイベントが待っている。

沙奈も、お祝い事や楽しい事は大好きだし、丁度いいバランスで散らばっている各種イベントに不満はなく、沙奈自身忘れるタイプの人間ではないので、特にトラブルはない。

そんな美優が力を入れるイベントトップ3に入るイベント。それがクリスマス。

すっかり冷たくなった風を受けて、マフラーに顔を半分埋めながら沙奈はイルミネーションが煌めく街並みを一人、足早に歩いていた。

手には会社近くの駅から少し離れた場所にある、人気ケーキハウスの予約限定クリスマスケーキが誇らしげに揺れている。

去年はこれに加えて有名チキンフード店のチキンパックを抱えていたが、今年はピザが食べたいらしい。

準備万端。気概充分。

楽し気に流れるクリスマス仕様の街のノイズを聞きながら、沙奈は家の玄関の扉を開いた。

「ただいまー」

扉を開くと、壁に貼り付けられた赤と緑の電球がキラキラと瞬き、美味しそうな香りが沙奈を出迎えてくれた。

「おかえり~!タイミングばっちりだね!ちょうどさっきピザが来たとこだよ」

ひょっこり顔を出した美優の頭にサンタクロースの赤い帽子が乗っていた。

よく見ると、服もサンタ仕様らしく紅いワンピースの縁に白いもふもふが可愛らしく揺れている。

その瞳が『どう?』と沙奈に問いかける。

「可愛い」

美優に近づき、口づける。

「沙奈のはこれ」

そう言って、紙で出来た水玉模様の尖がり帽子が沙奈の頭に乗っけられた。

ゴムを顎に引っ掛けて、おどけて見せると美優が笑った。

部下たちには絶対見せられない姿だけれど、ここには美優しかいないのだから構わない。

せっかくのイベントなのだから、楽しまなくては損ではないか。

「今年のチキンはイタリアンな味付けの唐揚げにしたの」

沙奈からケーキを受け取って、美優がキッチンに向かう。

ダイニングテーブルはいつもと違う紅いシックなテーブルクロスが掛けられ、グラスと皿、ナイフ、フォークとキャンドルがセッティングされていた。

そこに並ぶ、美優の力作の数々と真ん中に鎮座する堂々たるピザもお皿に移され、主役を気取っている。

「素敵ね。ありがとう」

そういうと、美優がくすぐったそうに笑う。

「別にお礼言われる程の事はしてないよ~」

上着を脱いで椅子に座る沙奈の前に蠟燭を立てられたケーキが運ばれてくる。

机のキャンドルに火が灯され、部屋の電気が消えた。

柔らかい蠟燭の光と数日前から飾り付けられていたクリスマスツリーの小さな電飾、壁の電球の明滅が二人を優しく包む。

美優のスマホからジャズアレンジのクリスマスソングが流れ出す。

用意されていたスパークリングワインを開けた沙奈に、美優がグラスを傾ける。

淡い光の中で、細長いグラスに注がれるワインのスパークがキラキラと踊っていた。

「メリークリスマス、沙奈」

「メリークリスマス」

微笑みあって、グラスを軽く鳴らす。

一口、口に含むとスッキリとした味わいとフルーティな香りが沙奈の味覚と鼻孔をくすぐった。

「じゃあ、蠟燭吹き消していいよ、沙奈」

既に二杯目のワインを注ぐ沙奈に、美優が微笑む。

「美優が消していいよ」

「去年もその前も私だったから、今年は沙奈なの」

飲みかけた沙奈のワイングラスを取り上げて、美優が視線でケーキを指す。

「ちゃんとお願い事してからだよ」

急にお願い事と言われても、早々飛び出すものではない。

「そうねぇ……」

これと言って欲しいものがあるわけではないし、旅行に行きたいわけでもない、世界平和を願うほど博愛主義でもない。

そう

ただこうやって美優と日々を過ごせたら、沙奈はそれで充分なのだ。

それで充分、幸せ。

そっと目を閉じて願う。

来年もその先も、こうして美優とクリスマスを祝えますように……。

ふうっと蠟燭を吹き消すと、テーブルの上で美優と唇が重なった。

一瞬触れ合って、離れていく。

「何をお願いしたの?」

ワインが沙奈の手に戻され、美優はまだ灯っていなかった蠟燭に火をつけた。

「秘密」

「えー」

不満そうな美優を見つめながら、二杯目のワインを飲み干す。

沙奈の空いたグラスにワインを注ぎながら

「来年もこうしてお祝い、したいね」

そう言って微笑む美優の顔があまりにも可愛くて、グラスのワインを一気に飲み干して立ち上がると、沙奈は美優を椅子の後ろから抱きしめた。

「沙奈、ご飯は?」

首筋にかかる沙奈の吐息にビクリと身体を揺らしながら、美優が沙奈を見上げる。

甘えるような、せがむような、誘うような。

そんな瞳で。

「食べるよ。でも先に、こっち」

「もう、沙奈ってば……」

口ではそう言いながら、唇も身体も沙奈を拒絶しない。

深く唇を重ね、二人で縺れながらリビングのソファへと倒れ込んだ。


+++


酔った勢いでそのまま楽しんで、この時間まで眠ってしまっていたらしい。

せっかくの料理はすっかり冷めて、蠟燭も全て消えていた。

ツリーと壁から発せられる明かりに、美優の肌が赤く、そして緑に照らされる。

「……沙奈……」

しばらく見つめていると、美優が手を伸ばして沙奈を呼んだ。

「ここにいるよ」

その腕の中に身体を委ねて、美優の温もりを味わう。

「沙奈……」

「美優」

抱きしめられるのと同じ強さで美優を抱きしめ返した。

「沙奈、大好き」

「私もよ」

身体を離すと、まだ寝ぼけたままのぼんやりとした瞳が沙奈を見上げて、微笑んだ。

唇を重ねると

ぐう

とまた、沙奈のお腹が鳴った。

「ぷっ!くくっ」

それで目が覚めたのか、美優が不意に笑いだす。

「先にご飯食べないからだよ」

「美優が可愛すぎるのがいけないの」

沙奈の言葉に微笑んで美優が身体を起こす。

「お料理、あっためるね」

立ち上がろうとする美優を引き寄せて、沙奈はそっと抱きしめた。

「まだ、服着たくないなぁ」

「お腹空いてるんでしょ?」

「先にお風呂入ろ」

「一緒に?」

「そう、クリスマスなんだからいいでしょ?」

極力一緒にお風呂に入りたがらない美優が、沙奈の誘いを断りきれた事は残念ながらない。

「お湯が溜まるまでちょっと時間かかるよ?その間、寒くない?」

「その間は美優を私があっためていてあげる」

「もしかして……まだ酔ってる?」

「どうかな」

そう言って立ち上がって、二人でバスルームに向かう。

給湯のスイッチを押した美優を暖房の入った脱衣室で抱きしめた。

深く重ねた唇に、眠る前の熱さを思い出した美優の身体が沙奈を求めて小さくうねる。

荒くなっていく吐息を重ねて、求めあう互いの身体の声を聴く。

もっと、もっと。

深く、ずっと、奥へ。

そう。

もっと。

「美優……美優……っ」

離さないと抱きしめる腕と。

「沙奈、沙奈ぁっ」

離れないと食い込む指先で。


重なる想いを世界に溶かしながら……。


fin

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