第15話 女王の目覚め

     1


「レーダーに機影補足、数は一機。大きさから見て戦闘機などではありません。結城博士から連絡のあった物体で間違いないと思われます!」


 

 レーダー担当の兵が背後で様子を伺っている上官に報告をする。


「よし、総員警戒体勢のまま、受け入れ準備に入れ」

 

 上官の一声で兵たちの間に緊張が走る。

万が一のために銃を装備した十数人の人間が指定位置に待機する。ほどなくして、滑走路にザンナイトの姿のアリルが、淡い朱に輝く翼を羽ばたかせ舞い降りた。その優雅な姿に現場にいた兵隊は思わず息を飲む。

 アリルは血みどろの比呂弥を抱えたまま辺りへ向け叫んだ。


「結城博士は……結城総一朗博士はどこですか!?」

 

 ここは日本の最南端に位置する複数の島が集合した土地、沖縄。ここにある日本軍の秘密施設に、結城製薬の社長の席を追放された結城総一朗は身を置いていた。

 全長二メートル以上はあろうかという巨人を目の前にして身構える兵の間から、総一朗が歩み出た。


「私が結城総一朗だ。アリルと言ったか、何故私のことを知っている?」


 総一朗の姿を確認すると、アリルは瀕死の比呂弥を優しく抱きかかえたまま全身から眩い光を放つ。


「おお、博士!?」

 

 警戒していた兵士たちは揃って驚き、銃を構える。が、収まった光の中から現われた少女を見て総一朗は兵士を手で制した。


「君は……」

「事情は後でお話します、それよりも比絽弥が!」

 

 アリルは瀕死の重傷を負った比呂弥を抱きながら叫んだ。


「比呂弥君!? どうしてこんなことに!? いや、それよりもこの怪我は危険だ! すぐにこの少年を緊急治療室へ運べ!」


 総一朗は重傷の比呂弥を見ると青い顔で兵士に命じた。

 兵士たちは「アイサー!」と応えアリルの元へ駆け寄ると、手際よく担架に乗せて施設内へ運んでいく。


「君も付いてきたまえ」

 

 総一朗はアリルの目を見てそういうと、兵士に警戒体勢を解除するように指示を出し、治療室に運ばれた比呂弥を追っていった。その後にアリルも続いた。


  *


 一方――。


 暗く湿った地下を大きくくり抜き、硬い岩盤を人工的に加工し、かつ繊細に装飾した宮殿の大広間のような造りの広大な空間が広がる場所。

 いつからあるのか誰も知らないその場所こそ、瀬尾浩介率いるレグの意思を持った者たち――「レグバンダー」の本拠地として機能していた。


「来霧、来霧は無事なの!?」

 

 瀬尾結子が青い顔をして広間に駆け込んできた。広間の中央にはカプセルベッドのようなものが備え付けられており、上面がガラス張りのそのカプセルに来霧が寝かされているのが見える。

 広間の端には不釣り合いなほど巨大なバイオコンピューターが数秒毎に様々なデータを集積・算出しながら、自動的に来霧の生体情報を読み取ってカプセルの中で自動的に治療を行っていた。


「心配するな結子。これはすでにザンナイトへの覚醒を済ませている。命に別状は無い」

 

 浩介の言葉を聞いて結子は安堵の表情を見せた。


「しかし」

 

 浩介は言葉を切ると、近くにいた昇へ歩み寄りその横顔に拳を叩き込んだ。

 昇はそのまま倒れ、地面に手をつく。


「あなた!」

「お前は黙っていなさい。……もう少しで大失態を犯すところだったのだ。分かっているな、昇?」


 殴られた衝撃で口の端から赤い血が流れる。


「……はい、申し訳ありません、父さん」

「来霧はレグの〝意識〟をその身に宿せる器を備えた貴重な存在だ。それは魂とも呼べるもの。失ってしまえばレグの復活は遠退き、我らの計画にも大きな遅れが生じてしまう」

「心得ています」

「だが、イレギュラーの始末をつけたことは褒めてやる」

「イレギュラー……比呂弥」

 

 司がボソッと呟いた。


「まさかレグの声を聞かなかった者が身内から出てしまうとはな。しかもオリジナルのザンナイトへも変身できる力を備えて。しかし悲しいが、レグの意思に逆らう者は皆殺しにしなければならない。人類自身が進化するためにそれは必要なことなのだ。それがレグの意思、人類選定プログラムなのだからな」

 

 その時、バイオコンピューターが治療を終了させたことを知らせるランプを点滅させ、カプセルのロックを解除した。浩介たちが見守る中、上部のハッチがスライドし、カプセルベッドの上に全裸で寝かされていた来霧がゆっくりと目を開く。


「目が覚めたか来霧」

 

 朱美が最初に声をかけるが、来霧は無反応のまま上体を起こし、そのままベッドを降りた。


「来霧……?」

 

 結子が心配そうな声でそっと声をかけるが、近づくことはできなかった。


「……これが……新たな肉体か」

 

 来霧が発したその声は、それまでの来霧の物ではなかった。闇を帯び、聴いた者全てを無条件で跪かせてしまうような……そんな圧倒的な威圧感を含んでいた。


「まさか、あなたは……」

 

 浩介は直感的に目の前にある存在を感じ取り膝を付くと、深く頭を下げた。


「お待ちしておりました。我らが主、レグ様……!」


 その言葉に、他の者たちも次々に頭を垂れる。


「そう、私はレグ……人類に新たな進化を与える者」

 

 来霧の姿をした「何か」がそう言うと、浩介たちは膝を付いたまま「おお!」と声を上げた。

 レグはそのまま広間を歩くと、中央の奥に設置された女王の玉座へと腰を下ろす。


「これより始まるは破壊の饗宴。その命、私に捧げなさい。私の意思を受け継ぐ子供たちよ」

 

 幼い姿に淫美な輝きをその瞳に宿したレグは、浩介たちにそう命じた。

 浩介たちは高揚感に満ち、生まれて初めて、心からの喜びというものを味わった。

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