第16話 アリル・エヴァ・クローゼ
沖縄の日本軍施設な中にある医療棟へ運び込まれた比呂弥に、結城総一朗の手によって大規模な緊急手術が行われた。
十数時間を要した大手術の末、自らの自己再生能力のおかげで何とか一命を取り留めた比呂弥は、しかし予断を許さない状況のまま特別病棟で安静に寝かされている。
「大きな傷はほとんど自己治癒している、これがザンナイトが持つ超回復力か……未だ研究段階の域を出なかったものだから実際に見るのは初めてだ」
観察窓の外で、驚嘆する総一朗にアリルが言った。
「博士、瀬尾君は敵ザンナイトによってザンナイトの心臓とも言うべきコアクリスタルが破壊されてしまっているんです。今は細胞にわずかに残された復元能力が機能して表面的に傷が治っていても、このままではいずれ力尽きて体組織が崩壊し死んでしまう。お願いします、彼を、瀬尾君を助けてください!」
「確かに、君が提供してくれたザンナイトに関するデータは現在我々が研究を進めていたタビュライトのブラックボックスの部分について紐解かれた内容であることは認識した。コアクリスタルがザンナイトにとって最も重要なものだということも理解できた。だが、今の我々ではコアクリスタルの復元は不可能なのだ」
「そんな……!」
「今のままではな」
総一朗は消沈したように言った。
「それはどういうことですか?」
総一朗は手元の空間にデータ解析欄を表示しながら答える。
「データを見るとコアクリスタルの復元自体は理論上、今の我々の技術力でも可能だ。しかしそれには大きなリスクが伴ってしまう」
「え?」
「そもそもザンナイト化とはタビュライトが出す特殊な溶液に含まれるナノサイズの細胞体が人体に侵入し、体組織を全く別のものに変えてしまうために起こる現象だ。人間が本来持っている筋力を限界まで開放できるように脳のリミッターを外し、なおかつ、そのパワーを持続できる体に作り替えてしまう。それが異常な運動能力向上の原因だ。そして同時に脳の潜在意識化に干渉し、レグが本来持っていた破壊衝動を植え付ける」
「それは知っています。それと今の状況と何が関係するんですか!」
「コアクリスタル復元のためには、タビュライトが出す特殊溶液にもう一度取り込ませる必要があるのだ。しかし、それを行えば今度こそ比呂弥君の意識がレグに支配されてしまうかも知れない。そうなれば彼は」
総一朗はそこまで説明すると深く息を吐いた。
「脳への干渉さえ防ぐ方法が見つかれば、今すぐにでも比呂弥君を救えるのだが……!」
「……それなら心配には及びません」
「何?」
ふいに投げかけられたアリルの言葉に、総一朗はアリルへと振り返った。
「私の血液を採取して解析してください。タビュライトの洗脳毒を中和する抗体が見つかるはずです」
総一朗が驚愕の表情を浮かべる。
「そんな馬鹿な……それが可能だとすれば君は、人為的に造られたレプリカ・ザンナイトということになる! それはまだ軍でも研究途中の代物のはずだ! 君は比呂弥と同じ、洗脳を受けなかったオリジナルではないのか!?」
「いえ、私は人為的に造られたレプリカ・ザンナイトです。そんなことより早く!」
アリルのまっすぐな瞳を向けられると総一朗は少しの間考え、近くにいた医療スタッフへ指示を出した。
「……研究班へ、特殊培養液の準備を急がせろ」
*
「う……う、ん……?」
比呂弥が目を覚ますと、そこは見たことのない部屋のベッドの上だった。
「……僕は」
朦朧とする意識の中で比呂弥は、途切れる前の記憶の道筋を辿っていた。
病室のドアが開けられ、パタパタとスリッパで歩く音が聞こえたと思うと、その音がパッと止んだ。
「比呂弥……気がついたのね!」
可愛らしい少女の声が病室に響いた。比呂弥は誰の声かと思い、ベッドに寝たまま声の主の方に顔を向けた。
「ひろ――」
「……君は誰?」
その言葉が発せられた瞬間、少女の顔が一瞬だけ悲しみを帯びたように見えたが、すぐに明るく元気なものになった。
「そうだよね。私はアリル。アリル・エヴァ・クローゼよ。よろしくね比呂……瀬尾比呂弥君」
「アリルさん……? なんで僕の名前を」
その直後、結城総一朗が病室へ入ってきた。
「おぉ、比呂弥君! 気がついたか!」
「おじさん……ここって」
「ここは沖縄にある日本軍の医療棟だ。君は瀕死の重傷を負ってここに運ばれてきたんだ。そこにいる、アリル君に助けられてね」
総一朗はアリルを見て言った。それにつられて比呂弥もアリルを見る。
「君に……?」
アリルは照れた表情をした。
「君のコアクリスタルは完全ではないが復元してある。本来はレプリカ・ザンナイト計画で使用するはずのコアだ。本物と同じように力を発揮することができるが、オリジナルの肉体を持つ君にはどのような副作用が出るかわからない。緊急事態だったのだ。許してくれ」
「ザンナイト……?」
(比呂弥君が意識を乗っ取られることなくオリジナルのザンナイトへ覚醒したことも驚くが、それ以上に現状では精製不可能だった洗脳毒の対処が、すでに人体に投与できるレベルで実現されているとは……このアリルという少女、一体何者なのだ?)
「うっ! ぐあぁっ!」
突如、比呂弥が胸を押さえて苦しみ出す。
「どうしたの比呂……瀬尾君!?」
「ぐうう、ら、来霧……来霧、うあああぁぁーっ!」
「来霧……? 博士、これって」
「恐らく新たに移植したコアクリスタルのせいだ。人造の擬似クリスタルとオリジナルザンナイトの肉体が内部で融合を始めている証拠だろう。状態が安定するまではこれが続くことになる」
「大丈夫なんですか!?」
「ザンナイトの体組織については我々にも分かっていない部分が多すぎるため迂闊に薬物などで痛みを和らげてやることもできんのだ。比呂弥君の体が打ち勝つまで、このまま、待つしか我々にはできない。信じよう」
「ぐうぁぁぁぁぁーっ!」
手足を振り回しながら痛みと戦う比呂弥を必至に押さえつけながら、アリルと総一朗はひたすら信じて待つしかできなかった。
「……大丈夫、私はずっと比呂弥のそばにいるよ。苦しんでるあなたの傍を、もう二度と離れたりしない……だから比呂弥も、もう二度と私を置いていかないで……頑張って、比呂弥……!」
アリルは比呂弥の手を握り、ただひたすらに祈ることしかできない自分の無力さを悔やんだ。
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