第14話 未来からの来訪者

 体育館を離れた比呂弥は急いで来霧の寝ている部屋へ向かった。


「ん……ヒロ兄……?」

「静かに……一緒に来てくれ来霧!」

 

 気づかれないように来霧を部屋から連れ出すと、周囲に警戒しながら施設の出口へと急ぐ。


「どこに行くのヒロ兄?」

 

 来霧が不安そうな声で訊いた。


「この合宿、何かがおかしいんだ。昼間の父さんも、みんなも。来霧はそう感じなかったか?」

「レグの戦士とか、戦いとか……何か怖かった」

「みんながおかしくなったのはタビュライトに取り込まれた後からだ。猛はレグの声を聞いたと言ってた。来霧は何か覚えているか?」

「ううん、あの時のことはほとんど何も。気がついたら病院にいたから」

「やっぱり……僕たちだけが何故かその《声》ってやつを聞いていないんだ! だからおかしくなってない!」

 

 比呂弥は一つの考えに至った。


「このことを総一朗おじさんに伝えなきゃ! おじさんならきっと何とかしてくれる!」

 

 比呂弥は来霧の手を取り、必至に出口まで走った。


「なっ!?」

 

 比呂弥の足が急に止まった。その前方には、長身の白衣姿の男が道を塞ぐように立っていた。


「昇……兄貴」

 

 そこにいたのは、長兄の昇であった。後ろを向いたまま、比呂弥に問いかける。


「こんな時間にどこへ行くんだ、比呂弥?」

 

 抑揚の薄い言葉が、一層の恐怖感を比呂弥たちに与えた。


「昇兄貴……そこを通してくれ」

「それはできない。これはレグの兵士を育てるための合宿なのだからな」

「レグ……猛も言っていた。それが、兄貴たちを狂わせたやつの名前か!」

 

 昇はゆっくりと比呂弥たちの方に振り返ると、ズレた眼鏡の位置を直す仕草をした。

「やはりお前たちは、レグの《声》を聞いていないな?」

 

 比呂弥は全身に鳥肌が立つ感覚に襲われた。これは、殺気である。


「まさかそのような異質な者(イレギュラー)が現れるとはな」

 

 昇がポケットから何かを取り出す。タビュライトと同じ輝きを放つ、異質な形をした小さな鉱石のようなものであった。


「安心しろ来霧、お前は我らにとって重要な意味を持つ存在、ここで殺しはしない。しかし比呂弥、お前の存在は私たちの計画には不要だ」

 

 昇は手にした鉱物を天にかざし呟く。


「ヴァリアライズ」

 

 昇が言葉を唱えた直後、鉱物からどす黒い光が溢れ出し、昇の体を包んだ。そしてその光が収まるとそこには、漆黒に輝くクリスタルの鎧に身を包んだ、黒い騎士の姿が現れた。


「の、昇兄貴、その姿は……」

「俺はザンナイト。ザンナイト《ベリル》。レグの騎士だ」

 

 言い終わると昇は利き足に力を込めると地面を蹴った。その加速力は凄まじく、一瞬で比呂弥の眼前まで移動する。比呂弥がガードする暇も無くザンナイト・ベリルは来霧を傷つけないように比呂弥を殴り飛ばそうとした。


「うわっ!」

 

 しかし、寸でのところで比呂弥は回避し、来霧を抱えて飛び退いた。


「ほう、少しは動けるか……しかしその程度では!」

 

 追撃するベリルに対し、比呂弥は紙一重のところで回避をする。その動きは常軌を逸し、人間の運動速度を遥に超える高速で走り、建物を飛び越える跳躍力を発揮した。


「これが、僕?」

「そうだ、それがタビュライトの力! 取り込んだ者に力とレグの意思を与える!」

 

 そう言い放つとベリルはさらにスピードを上げた。


「しまった!!」

 

 速度で上回ったベリルは比呂弥の背後に回り込むと、思い切り拳でなぎ払った。コンクリートの壁に激突する比呂弥はそのまま壁にめり込み、巨大なクレーターができる。


「ヒロ兄!」

「おっと、そっちには行かせないぜ」

 

 駆け寄ろうとした来霧の腕を掴んだのは次男・朱美であった。その背後には三男・司もいる。


「離して、ヒロ兄が!」

「比呂弥には悪いが、ここで死んでもらう。あいつはイレギュラーだからな」

「イレギュラー……?」

「だけど安心しろ来霧。お前は俺たち以上の才能が眠っている。危険なことはしないよ」

「嫌……ヒロ兄……ヒロ兄―っ!」

 

 もがき、何とか逃れようとする来霧だが、朱美の腕力は強く、逃げることはできなかった。


「大人しく俺たちと来るんだ来霧。お前にはやるべきことがある」

 

 その時、崩れた壁の下から這い出る影があった。


「来、霧……今、助ける……」

「これは驚いた。既に内臓もいくつか潰れているはずだがな」

「来霧は、僕が守るんだーっ!」

 

 瞬間、比呂弥の体から眩い白い輝きが放たれた。


「なんだと!?」

 

 ベリルが驚嘆した声を発した。白い光が収まると、そこに立っていたのは白き姿のザンナイトであった。


「比呂弥、まさかおまえがザンナイトになれる素質まで持っていたとはな。どうあってもこの場で殺さなくてはならなくなったぞ!」

「うあぁぁぁぁぁっ!」

 

 比呂弥が咆哮すると腰から二本のロングソードを構え、背中のクリスタル状の翼を羽ばたかせると、超高速でベリルに突っ込んだ。

「早いっ!?」

 

 一瞬でベリルの懐に飛び込んだ比呂弥は咄嗟にガードをしたベリルの両腕の上から切り込んだ。漆黒のクリスタルの装甲を削り飛ばし、壁に弾き飛ばす。


「ぐおおっ!」

「であっ!」

 

 肩の装甲が展開し、格納されていたビームキャノンを構えると、ベリルに向かい一斉に発射した。周囲の建物共々、粉々になるまでキャノンを連射する。


「ぐああぁぁぁぁっ!」

 

 絶叫するベリル。体のあちこちの装甲は砕き散り、さらに奥の建物まで吹っ飛ばされてしまった。


「グルル……」

「こりゃあ、まるで獣だな」

 

 距離を取って観察していた朱美が言った。


「……力を使いこなせていない。死んだね、あいつ」

 

 司がぼそっと呟いた。


「がああぁっ!」


 ガレキを押しのけてベリルが立ち上がる。


「調子に乗るなよイレギュラーが!」

 

 両肩、両腰に装備されたビームキャノン砲を一斉に比呂弥へ発射するベリル。無数に撃ち込まれる砲撃をまともに浴び、苦しむ比呂弥。


「ヒロ兄―、もう逃げてーっ!」

 

 来霧も、比呂弥の苦しむ姿に耐えられず絶叫する。


「ら、い、む……」

 

 砲撃を受けながらもベリルに向かって前進する。


「これで終わりだ比呂弥―っ!」

 

 ベリルはグレートソードを構えると高速で一直線に比呂弥の懐へと飛び込んだ。そして、横薙ぎに比呂弥の体を吹き飛ばす。比呂弥は真横へ吹き飛ばされ、朱美たちが立っている建物へと激突した。


「うぉっと、気をつけろよ兄貴!」 

 

 文句を言うのは朱美である。

 土煙が晴れていく中、比呂弥はまだ立ち上がった。しかし、その姿は元に戻ってしまっていた。


「確実な死を。これで終わりだ!」

 

止めを刺すため、再び比呂弥に飛びかかるベリル。


「止めてーっ!」

 

 ベリルが比呂弥に刃を突き刺した。肉を裂き、骨を砕く生々しい音が静寂の施設内に響き渡る。


「な……!」

 

 ベリルはその目を疑った。

 突き殺したと思われた比呂弥の前に立ちふさがる形で、来霧が刃に体を貫かれていた。


「ら、来霧……?」

 

 比呂弥が来霧の顔に手を添える。


「ヒロ兄……逃げて……」

 

 ベリルが刃を引き抜くと、来霧はその場に倒れる。


「なんということだ! 朱美、司! お前たちがついていながら! これではレグが!!」

「す、済まない兄貴、まさかここから飛び込むなんて」

 

 しかしベリルは、来霧の体の刺し傷がすでに治癒が始まっていることに気がついた。


「これは……そうか、来霧にもザンナイトとしての力が備わっていたのか! ならばまだ望みはある!」

「兄貴……どうして来霧を刺したんだ……どうしてだーっ!」

 

 ベリルに向かい拳を突き出そうとした比呂弥に対し、ベリルは躊躇なくグレートソードを比呂弥の胸に突き刺した。


「うあああぁぁっ!?」

 

 強烈な叫び声を上げる比呂弥を無視し、刃を引き抜く。その先端には白い宝石のようなものが突き刺さっていた。


「お前のコアクリスタルはここで砕く。これでお前は確実に、死ぬ」

 コアクリスタルを握り壊すベリル。


「あ、あ、ああああぁぁぁぁっ!」

 

 体中に電撃が走ったようにビクンビクンッと痙攣させる比呂弥。


「ら、いむ……らい、む……!」

「まだ死なないか。往生際の悪いやつだ」

 

 ベリルが止めを刺そうとグレートソードの先端に収納されたビーム砲を比呂弥へ向けた瞬間、ベリルたちの足下が急激に揺れ始めた。


「な、何事だ!?」

 

 踏ん張りが効かずに体勢を崩すベリルたちの前方の空間が歪み、激しいスパークが起こる。


「何だ、あれは……」

 

 瞬間、目を眩ます激しい光が迸った。光が消えるとそこには、ピンクダイアモンドのような美しい輝きをその身に纏った騎士が立っていた。


「あれは、ザンナイト……なのか?」

 

 司も冷静に状況を分析するが、あまりにも予想外の出来事に判断が追いつかないでいた。


「お前はあの時、比呂弥を殺した……死ねぇっ!」

 

 現われた謎のザンナイトはベリルに対し肩のビームキャノンで攻撃を開始した。


「くそっ、何だこいつは! 目的は達した、戻るぞ!」

 

 疲弊していたベリルはそのまま高速で飛び去った。他の二人も来霧を回収し終えて既に姿を消していた。


「逃げた……ここは一体……」

 状況が完全に把握できないまま戦ったザンナイトは、辺りを見渡すと、倒れている比呂弥を発見した。


「比呂弥!?」

 

 フェイスオフし、比呂弥の元へ駆け寄るその人物は、アリルであった。

 比呂弥の息がまだあることを確認すると安堵し、怪我の状態を確認する。


「酷い傷だけどこれくらいならすぐに治癒する……でも、私たちはアフリカで戦ってたはずなのに……ここは、日本?」

 

 アリルは比呂弥の胸の穴に気づいた。


「これは、コアクリスタルが破壊されてる! このままじゃ危険だわ、すぐに何とかしないと!」

 

 アリルは比呂弥を背負うと、クリスタルの翼を広げて飛翔した。そして腰のバックルからスマホを取り出すと、電話をかけた。


「お願い、繋がって……」

『結城だ』

 

 出た相手は結城総一朗であった。


「結城博士、助けてください!」

『君は誰だ?』

「私です、アリルです!」

『アリル?』

 

 総一朗は怪訝そうな声で返した。


(私のことを知らない……それにこの状況……やっぱりここって――)

「私を不審に思うのは仕方ありません。でも、今は比呂弥の命がかかっているんです! 頼れるのは博士だけなの! お願いします、比呂弥を助けて!」

『比呂弥? 瀬尾比呂弥か!?』

「敵のザンナイトの攻撃で胸のクリスタルが破壊されてしまって……博士の力が必要なんです!」

『ザンナイトだと? わ、分かった! そちらの場所を伝えてくれ! すぐに迎えをよこす!』

 

 通話が切れた。


「私、過去に来てしまったんだわ。でも、それならそれで構わない。待ってて比呂弥……二度とあなたを殺させはしないから……!」

 

 アリルは深く決意すると瀕死の比呂弥を抱え上げ、漆黒の夜空へと飛び去っていった。

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