第11話 タビュライト3

 研究フロアへ戻ってきた研究員たちは計器類のチェックを開始した。


「何か異常はあったか?」

 

 チーフ格の研究員がその場の全員に確認した。


「こちらは異常ありません」

「こちらもです」

「おかしいな、溜め込んだエネルギーを排出した形跡もみられないとは」

「所長の端末が誤作動を起こしたとか?」

「だとしたらメインコンピューターから全ての機材をチェックする必要があるな」

「そりゃあ大事だ、ただでさえこの研究所の予算組みはまだ厳しいって言うのに」

「こら、滅多なことを言うものじゃない。所長たちに聞かれたら大目玉だぞ?」

「はいはい、わかってますよ。……?」

 

 研究員の一人がガラスケージに違和感を感じて立ち止まった。


「どうした?」

 

チーフ格の研究員が問いかけた。


「いえ……今、何か動いたような気がして……」

「タビュライトがか? 馬鹿な、これは鉱物だぞ? 分類学上は」

「ですよね。おかしいな」

「疲れているんだろう、最近眠れていないと言っていたな?」

「そうなんですよ。ここ最近ずっとで」

「今日がひと段落すれば少し余裕もできるだろう。もう少しの辛抱だ」

「そうですね」

「では私たちも戻ってコーヒーでも飲もう。早くしないとケーキが全部無くなってしまうしな」

「食べ盛りの子供の食欲はもの凄いですからね」

 

 他愛もない談笑を交わし、パーティー会場に戻ろうとガラスから目を離した瞬間、変化は起こった。

 防犯対策のため、ライフルの銃弾ですら貫通できない特殊強化ガラスが使われた研究ケージ内に収容されているタビュライト。その中のひとつが淡くエメラルドグリーンの光を放ち始めた。


「チ、チーフっ、待ってください!」

 

戻ろうとしたチーフを引き止め、研究員の一人が大きな声をあげた。


「タビュライトが、光っている……こんなこと今まで無かった……」


その発光に呼応するかのように周囲に保管されていた他のタビュライトも淡い緑の光を放ち始めた。


「何だこれは……おい、コンピュータの反応は!?」

「それが、計器には一切反応が無く」

「そんな馬鹿な、実際に変化が現れているのにか!?」

「チ、チーフ……」

「今度は何だ!?」

「それが、光が、だんだん強くなっているような」

 

 そういって最初に違和感を感じていた研究員はもっと良く見ようと、ガラスケージへ近づいていった。


「おい止めろ、迂闊に近づくな!」


 その瞬間、タビュライトは突然真ん中から縦に割れ、ちょうどクリスタルの形の上部と底部にあたるところから無数の触手が伸びてきた。いとも簡単に強化ガラスケージを砕き、近くにいた研究員の手足に絡みつく。


「うわぁぁあっ、た、助けてくれーっ!」


 ネトネトとした無数の触手に両足を縛り上げられ体重のバランスを崩した研究員はその場に倒れた、もの凄い力でタビュライトの方へ引っ張られた。


「う、うわあああああぁぁぁぁっ!」

「待っていろ、すぐにそんなもの引きちぎって――」

 

 その直後、保管してあった全てのタビュライトから触手が飛び出した。強化ガラスケージを難なく砕き他の研究員へ襲いかかる。


「くるな、くるなぁぁぁっ!」

「きゃあああぁぁぁぁっ!」

「な、なんなんだこれはぁぁっ!」

 

 研究員たちは次々と触手に手足の自由を奪われ、タビュライト本体へ引きずり込まれていった。タビュライトは人間一人を丸呑みすると割れ目を閉じ、その中にドロドロとした液体を流し込む。


「なんだこの液体……出して! 出してくれーっ!」

 

 中から必死にこじ開けようとするが、割れ目はびくともせず、溶液で満たされたタビュライト内の人間はすぐに気を失ってしまった。


「せ、せめて、これだけでも……!」

 

 チーフは触手に絡み取られる瞬間、マニュアルで警報装置を作動させた。それだけで精一杯であった。

 緊急事態を知らせる警報が研究所内全体に鳴り響くと、パーティーをしていた瀬尾浩介と結子が慌てて研究フロアへ駆けつけてきた。

 そこで見たものは、フロアを覆い尽くす触手の群れに、タビュライト内部に研究員たちが取り込まれ何かの溶液が満たされていく、まさに地獄絵図のような光景であった。


「父さん、この警報は!?」

 

後ろから昇たちが追いついてくる。

「ここは危険だ、お前たちは早く地上へ逃げろ!」

 

 その瞬間、まだ人間を取り込んでいないタビュライトが割れ、無数の触手が瀬尾一家に襲いかかった。


「ぐぅおっ!」

「きゃああぁっ!」

「父さん、母さん!? 待ってて、今助ける!」

 

 触手に絡み取られ、とてつもなく強い力でタビュライトに引き寄せられる浩介と結子を助けようとした昇と朱美だったが、触手は予想以上に硬く、人間の力ではどうすることもできなかった。


「私たちのことはいい! お前たちは早く逃げろ!」

 

 次の瞬間、浩介と結子はタビュライトの体内まで引きずり込まれ、謎の液体を流し込まれて意識を失ってしまう。


「お父さん、お母さん!」

 

 来霧が絶叫する。


「朱美、手を貸せ!」

 

 昇は朱美に指示すると手近にあった工具を持ち出し、タビュライトを叩き割ろうとした。しかし、タビュライトへたどり着く前に触手に阻まれ縛り上げられてしまう。


「うわぁぁぁっ、くそぉーっ!」

「離せよこの化物がーっ!」

 

 懸命に引きちぎろうと藻掻く昇と朱美だったが、そのままタビュライトへと引きずり込まれ、二人とも意識を失ってしまう。


「昇兄貴、朱美兄貴―っ!」

「来い比呂弥! エレベーターまで走れ!」

 

 司は比呂弥を引っ張り、来霧、猛とともに地上へのエレベーターまで走った。エレベーターまでたどり着くと、司が上階へのスイッチを押す。しかし、触手がすぐそこまで迫っていた。


「くそ、早く降りてこい!」

 

 触手が司の足首を捉えた。一瞬で獲物に絡みつき自由を奪ってしまう。


「司兄!」

「俺のことはいいから、お前は来霧たちを頼む!」

 

 何とか引きちぎろうとしたがビクともせず、身動きの取れなくなった司もタビュライトの体内へと引きずり込まれてしまった。フロアに残されたのは比呂弥と猛、来霧だけになった。


「司兄―っ!」

「行くぞ来霧!」

「でも、皆が!」

「俺たちじゃどうすることもできないだろ! 地上に行って他の大人を呼ぶんだよ!」

 

 驚く来霧の顔を見て、思わず大声を張り上げてしまったことに気づき。


「すぐに皆助けられる」

 

 恐怖を必死に押し殺し、カタカタと体を震えさせながらも頷く来霧であったが、その背後に既に、うぞうぞと無数の触手が迫ってきていた。


「マズい……!」

「比呂弥、ここは俺が時間を稼ぐから来霧ちゃんを守れよ!」

「ダメだ猛! お前も一緒に逃げるんだよ!」

「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」

 

 言い終わる前に触手に向かって突っ込む猛に、無数の触手が絡みつく。

「は、早く行けーっ!」

「すまない猛! すぐに助けを呼んでくるから!」

 

 比呂弥は来霧の手を引き、開いたエレベーターのドアから中へ乗り込んだ。

 しかし、触手はエレベーターのドアが閉まる直前に追いつき、強引にドアを開かせると来霧の体を縛り上げた。


「嫌ぁ、お兄ちゃんっ!」

「来霧っ! 止めろ、止めろ! 来霧を離せっ!」

 

 恐怖に絶叫する来霧を救出しようとする比呂弥だが、触手は非常に固く、比呂弥の腕力程度ではどうにもならなかった。必死の抵抗も虚しく、触手は縛り上げた人間を問答無用でタビュライト内部へと引きずり込もうとする


「お兄ちゃん! お兄ちゃぁぁんっ!」

「大丈夫だ来霧! 今助けてやるから!」

 

 そして比呂弥の体も、触手によって両手足を縛り上げられてしまった。


「うわああぁぁぁぁぁぁーっ!」

「お兄ちゃぁぁぁぁんっ!」

 

 来霧は恐怖に泣き叫びながら緑の鉱物へ取り込まれていった。比呂弥は何とか脱出しようともがくが効果は無く、ドロドロとした溶液が注ぎ込まれると、一瞬で意識を失ってしまった。


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