第10話 タビュライト2


パパンッ、パパパンッ!

 

 乾いた音と共に大量のカラフルな紙テープで作られた手作りの紙吹雪が来霧の頭目掛けて降りかかった。


「十六歳のお誕生日おめでとう、来霧!」

 

 部屋の中には瀬尾家族が勢ぞろいの他、数人の研究スタッフも交じっており、正面には「お誕生日おめでとう来霧ちゃん!」と書かれた大きな大壇幕が飾られている。


「おめでとう来霧!」

「おめでとう!」

 

 後ろにいた比呂弥と猛もクラッカーを鳴らし、お祝いの言葉を贈った。


「わぁ……」

 

 来霧は驚いたのか少し涙目になりながら、テーブルの真ん中に置かれた誕生日ケーキのロウソクを吹き消した。そこでまた大きな拍手があがる。


「すまなかったね、どうしても来霧を驚かせたかったんだが、私も母さんも研究所から離れるわけにはいかなくてね」

 

浩介がはにかみながら言った。


「お父さんたらすごく張り切っちゃって。研究所の人たちまで使って準備してたのよ」

 

 瀬尾浩介の後妻であり、比呂弥の義母、そして来霧にとっては実の母親である瀬尾結子がからかいながら付け加えた。


「何をいう、母さんだって乗り気だったじゃないか!」

「ほらほら二人とも、みんな見てるんだよ」

 

 奥にいた長兄の昇が見てられないといった様子で間に割って入る。


「いいじゃんか、仲がいい証拠でよ」

 

 次男の朱美がはやし立てる。


「お前もそう思うだろ、司?」

「別に。見てて恥ずかしいだけだよ」

 

 三男の司が冷静に返答する。


「相変わらず冷めてるなお前は。可愛い妹の誕生日くらい愛想良くできないの?」

「兄貴たちも、今日の主役は来霧なんだから!」

 

 今年三十になる長兄の昇は幼いころから何でもそつなくこなす秀才で、それもあり今では浩介と同じく化学者の道を歩み、浩介の仕事の助手もこなしていた。次男の朱美は二十五歳、ミュージシャンの夢を追っていて、現在はフリーターで定職にはついていない。三男の司は十九歳で現役の大学生。普段は寡黙で会話する機会は少ないが、将来は法律を学び、弁護士になるため勉学に励んでいる努力家であった。


「でも本当に良かったのあなた? 研究所の人たちにまでお祝いしてもらっちゃって。タビュライトのそばに、今誰もいないんでしょう?」

「少しくらいなら大丈夫だろう。コンピューターで常に監視しているし、何か変化が起こればこの端末ですぐにわかるようになっているからな」

 

 浩介がポケットから携帯端末機を出して見せた。


「……それもそうね」

「パパ、ママ!」

 

 会場の真ん中から来霧が大きく手を振っていた。その笑顔を見て、浩介と結子も自然と顔がほころぶ。


「それにあの笑顔は何にも代え難い私たちの宝だからな。大切にしていかなければ」

「そうですね」

 

 その時、端末から異常を知らせるアラームが鳴る。


「と、言ってるそばからこれか」

「ああ、博士はここにいてください。我々で見てきますから」

 

 研究員の数名が名乗りを上げた。


「ああ、すまんな」

「いえ、どうせいつもの排出現象でしょう。今までも何度かありましたし」

 

 タビュライトの研究を本格的に始めて数ヶ月、わかっていることは、定期的にタビュライト自身が包容する熱エネルギーを自動的に排出する現象が確認されていることだった。


「だとしてもくれぐれも慎重にな。何かあったらすぐに呼んでくれ」

「わかりました。今は少しでも来霧ちゃんのそばにいてあげてください」

「ありがとう」

 

 結子も礼を言うと、研究員たちはタビュライトのあるフロアへ向かっていった。


「何かあったのかい、父さん?」

 

 昇が小声で尋ねた。


「タビュライトになにかしらの変化があったらしくてな。恐らくいつもの現象だろうが」

「僕も戻るよ」

「お前たちはもう少し来霧のそばにいてやってくれ。この先研究が本格的に進めば、いつ家に帰れるかわからないんだからな」

「わかったよ、父さん」

 

 昇はしぶしぶと、しかしホッとした面持ちで弟らに囲まれている来霧の下へと引き返していった。


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