作業開始

 クルスは改めて廃墟の群れを見まわした。廃墟は廃墟になる前に、何度か手直ししてなんとかここに留まろうと抵抗した跡が見られた。継ぎはぎの板切れ、継ぎ足しの柱、原型をとどめないほどに補強された家屋。

 それらは、一度はなんとかここに住み続けようとした住人たちの努力の跡だった。

 しかし、それすら空しく、襲撃に耐えかねて、この辺りは廃墟群と化していた。


「最近もここまで突破されるのか?」

「いやぁ、ここら辺の廃墟区画まで侵入されることは少なくなってきたよ。防衛に安定性が増している」

 ベンドは朗らかに言っていたが、犠牲が出ていないわけではなかった。

 防衛に安定性が増しているのは事実だったが、断続的に訪れる獣の群れに、じわじわと人命が奪われつつあるのも事実だった。

「それでも、エース、キーリッシュの二人はスゲェよ。こんな田舎町を守るためによくもあんな凄い二人が頑張ってくれてるもんだと思うよ。どうにも喧嘩腰なのは困りものだけど」

「どういうことだ?」

 クルスがベンドの長ったらしい話に質問を入れたが、ベンドがそれに答える暇はなかった。


 再びゆっくりとした鐘の音が鳴り響いた。

「よし、安全確認が取れた!急いで補修だ!気張って運ぶぞ!」

「おっす!!」

 事後作業班の面々は大声で応えた。


 そして、何とか荷馬車を押して壁のところまで来た。

「お、大きい・・・」

 クルスは本日討伐された巨大な生物の骸に絶句した。

「ひゃー、こんなデカいのとやってたのか。そりゃ壁の隙間も広がっちゃうよなぁ」

 ベンドは呑気に見物しながら作業していた。

「バカ野郎!!サボってないできびきび動きやがれ!」

 ポットは怒り狂っていたが、クルスが見てもこれは怪物レベルだった。

 この間、戦闘を行った時には3メートルの熊と戦ったが、それとは格が違う。

 こんなデカい怪物から街を守るのだけでも相当な重労働だ。

 よほどの強者がここにはいるのだろう。


 しかし、赤いジャケットの少年も青い少年もどちらもまだまだ子供と言った体格だった。ああいった人物込みで一体どうやってこの巨大な怪物を倒しきったのか、クルスはつい疑問に思ってしまった。

 先ほどの話によると、キーリッシュとエースが最強格だという話だが、いったいどれほどの実力を持つのだろう。

 すでにクルスと浅からぬ因縁を持ってしまった相手だったが、クルスは純粋に二人の戦闘能力に興味を持ち始めていた。


「おい!新入り!ぼさっとすんな!壁の補強が終わったらあのデカブツの解体も手伝うんだからな!急げ急げ!!」

 物思いにふけっていたクルスは慌てて丸太を立て始めた。

 ポットがなぜここまで事後処理作業を急き立てる理由は壁の補強が半分くらい終わった頃に分かった。

 再び獣の襲来を告げる鐘が鳴り響いたからだ。


「おら!撤退だ!撤退だぞ!」

 基本的に戦闘能力のない事後処理班は群勢が押し寄せてくると、作業を中断しなければならない。

 そうなると、今にも崩れかけの壁を捨て置いて、事後処理班は撤退を余儀なくされる。

 さらに、先ほど倒した怪物の解体がほとんど済んでいない。

 見通しの良い戦場に巨大な遮蔽物が一つあるだけでも、戦局はかなり不利になる。

 

 敵がいつ来るかもわからない。敵が来る前に作業を終わらせられなければ、死ぬかもしれない。事後処理班はそんな過酷な環境での労働を強いられているのだ。

「こいつは確かにとんでもないな」

 クルスは事後処理を甘く見ていたことを悔いた。


 ポットの掛け声で事後処理班は撤退を開始していた。

 しかし、そこに一人の女性が駆け寄ってきた。

「作業、全然終わってないんだろ?あたしが守ってやるからアンタらは作業を続けな!」

 気の強そうな女魔術師が事後処理班に背を向けて自分の身長と同じくらいの杖を地に突き刺して構えた。

「すまねぇ!」

 ポットはそう言って、事後処理班の6人を呼び戻して、作業を再開させた。

 魔女は杖の先に香炉をぶら下げると、その蓋を開けて叫んだ。

「ただし、超臭うから気を付けるんだよ!」

 近くにいた作業員たちは慌てて口元に布を巻き付けたが、クルスだけは何の準備も出来ていなかった。

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