再会の絶望

「あ、あの・・・、その・・・、わた、俺の事、覚えてます?」

 リリーナは小首をかしげた。クルスの体から血の気が失せる感覚があった。

 それでも、クルスは何とか食い下がった。

「えっと、昔、一緒に遊んでた・・・」

 そこまで言った時、リリーナの顔に喜びが広がった。

 クルスはついに思い出してもらえたという嬉しさを顔に広げた。

「エースさん!」

「え?」

 リリーナは男の名を告げると、クルスの傍らを走り抜けた。

 クルスはふらつきそうになりながらも、ゆっくりと振り返った。

 そこには、金髪の男が居た。クルスの鳩尾を殴りつけて、気絶させた、あのエースが。

 リリーナはエースと呼ばれた金髪の男のところに駆け寄って、満面の笑みを浮かべた。

「はは・・・」

 クルスは弱弱しく笑った。

 そして、エースがリリーナの腰に手を回すのをみて、クルスは胸が締め付けられるような思いを感じた。

「リリーナ、いいのか?仕事は」

「大半は終わらせておきましたから、エースさんと少し話すくらいの余裕はありますよ!」

「はは、リリーナは優秀だな」

 早く立ち去ろう。これ以上は見ていたくない。クルスはため息を突きながら

「クルスか。手続きは終わったのか?」

「あ、ああ。まぁ、な」

 クルスはうろたえたように答えた。

「あの場では済まなかったな。処罰対象者の即確保のためとはいえ、問答無用で気絶させてしまったのだからな」

 エースの態度は、クルスを完全に信用しているかのような言動だった。

「講習を受けただけで、俺を・・・そんなに・・・信用する、のか?」

 クルスは自分が何を言っているのかわからなかった。思ったことを素直に吐き出してしまった。


 何を言ってるんだと自分でも思った。頭が回らない。何を言ってるんだ。ここから早く立ち去ろう。早く行かせてくれ。


「落ち着け。大丈夫か?」

 エースはクルスの肩に触れた。

「私がお前を殴りつけたことに対して、お前がそこまで恐怖を抱いているのならば、申し訳ない。私はむやみやたらと暴れる暴力機関ではないことを記憶しておいていただけるとありがたい」

「あ、ああ」

 クルスは返答とも、呻き声ともつかぬ声を上げた。

「ちなみに、居住スペースはあちらだ。迷うなよ」

 クルスはエースのアドバイスに首を思い切り縦に振ると、エースの目の前からすっ飛んで消えた。


 エースのアドバイスは的確で、確かに武器を携行した人間たちが入っていく掘っ立て小屋があった。

 しかし、今度は自分の部屋が分からない。

 クルスは誰に尋ねたものか考えてウロウロしていた。

「どうした。そこで何をしている」

 凛とした女性の声に、クルスはさらにハッとした。聞き覚えのある声だ。

「キーリッシュ!!」

 

「おい、一応、キーリッシュ様は名門ファーバーグ家の血を引いておられるのだぞ。失礼が無いようにしろ」

 キーリッシュの傍らに控えていた男がクルスに苦言を呈したが、クルスはほとんど聞いていなかった。

「知ってるよ!キーリッシュ・ファーバーグ!」

 クルスの興奮した様子に従者は気味悪げに顔をしかめたが、さらに言葉を続けることはかなわなかった。

 キーリッシュが手で従者の言葉を制したからだ。

「いや、構わん。ともに戦列を同じくする戦士に、貴族だの騎士だのという序列は不要だ」

 クルスは嬉しそうにうなずいた。

「それで、何をしていたのだ」

「お、俺、クルス!クルス・ヴェルナルド!」

 クルスは興奮して女騎士の質問に答えず、問われても居ないのに名乗った。

 クルスはキーリッシュに歩み寄ろうとしたが、

「ヴェルナルド・・・」

 クルスはドキッとした。反応されたくない方に反応された気がした。やはり名乗ったのは失策だったか。

 女性は険しい表情を浮かべ続けて何かをブツブツとつぶやいていた。

 そして、クルスの方をしげしげともう一度眺めてから

「いや、知らないな。そんな知り合いはいない」

と冷酷につげた。

 クルスの全身からもう一度血の気が失せるような思いがした。

「そんな・・・」

 クルスは膝から崩れ落ちた。キーリッシュは後ずさるほどに動揺していたが、クルスは一切気づかなかった。

「俺の、俺の・・・!」

 クルスは唇をかみしめた。そんなバカなことがあるはずがない。リリーナもキーリッシュも、クルスのことを覚えていない。

 全てを覚えておいてほしかったわけではない。だが、あの懐かしい日々の全てを忘却の彼方で否定するようなこんな仕打ちはあんまりだと思った。

「なぜなんだ!なぜ!なぜ俺は!」

 クルスは人目もはばからずに泣き叫んだ。

 周囲の人々が足を止め、なんだなんだと見物し始めた。

 キーリッシュは複雑そうな表情でクルスのことを見下ろしていた。

 それから、意を決したように跪くと、クルスの肩に手を当てた。

「ヴェルナルドと言ったな。今、あの家がどうなっているか知っているのか?」

「知らねぇよ。知るわけがねぇ。あんな、あんな家」

 クルスは涙をこぼしながら叫んだ。

「そうか。その方がいいかも知れないな。」

 キーリッシュはそう言ってそこから立ち去ってしまった。


 同郷の幼馴染に忘れ去られた絶望で、クルスは泣き崩れたまま寝込んでしまった。

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