現場監督
獣たちの死体の処理。これは、都市外れの処理区画に運び込まれれ、観察を行ったうえで、焼却処分される。観察及び焼却処分、運搬、すべてが事後処理に含まれる。
さらに、そこで少し地理の勉強も入った。
獣たちは常に西側から押し寄せて来る。
都市のはるか西側には山脈があり、そこにシュリグルと言う名前の村がある。
そのシュリグルとナポリの間は広大な荒野が広がっており、防衛圏の戦闘班の主戦場はこの荒野だった。
そこに2つの塹壕が掘られ、獣たちの足止めに一役買っていたことはクルスも見ていたのでよく知っていた。
さらに突貫で造られた壁が都市の最期の守りの要だった。
「今説明したこれらの設備の整備、それが全て事後処理班の仕事だ」
「結構技能要りません?」
クルスは妙に冷静な不安を抱いた。土木作業全般に経験が無いし、壁を直すというのは特に技能が要りそうだ。
「今は何より人手が欲しい。力仕事ができるのであれば問題ない」
現場監督はクルスの問いに即答した。
「戦闘員もカツカツだが、事後作業員もカツカツだ。もし、戦闘員に移ってからも、事後作業班としての経験を活かして働いてくれると助かる。その場合には特別手当もある」
クルスはこの切迫した状況でも金が行き来していると考えるとなんだか不思議な気持ちだった。
「防衛圏はボランティアではないのだ」
現場監督はクルスの方を向いてそう言った。
「命を賭けて仕事をする。だからその対価はキッチリと支払う。それが回っているのも、偉大なる陛下の思し召しあってのことだがな」
「陛下に会ったことは?」
「当然ない」
現場監督は堂々と言い切った。
「この防衛圏では、エージス様くらいだろう。陛下を見られたことがあるのは」
「意外と偉いんだな」
「なんだと!」
「あぁ!ごめんなさい!いや、こんな場所にとばされるなんて木っ端役人じゃないかと思ってて」
「ナチュラルにありとあらゆる方向に敵を作ってる自覚あるかね」
現場監督は顔をしかめたが、クルスはハハハと笑ってごまかした。
「ともかく、明日以降は事後処理班の詰め所に詰めてもらい、そこでの指示に従ってもらう。班長にはとりわけ君に仕事を振る様にエージス様からも話が通っているはずだ。だから、バテて倒れるなよ」
そこまで言われるとクルスは少したじろいでしまった。そんなに苦役を強いられるとなると、身構えなくてはなるまい。
「ちなみに、その判断に従わなかったり、戦闘行為を行ったりすると、事後処理班での作業が伸びるからね」
現場監督には強く念を押された。
しかし、クルスは別に特別戦いたいという気持ちがあるわけではない。
シスターを助けようと勢い任せで戦ってしまったが、その行為も無意味だったと思い知らされた。
この際、このまま事後処理班で働き続けるのも悪くないかもしれないと思い始めていた。
鎌を習ったのもあくまでその時役立つだろうと思ったからだった。戦う必要が無いのなら戦わなくてもいいじゃないか。
クルスは現場監督からの長々とした講義を聞いているうちに、すっかり戦う気を失っていた。
「ところで、なぜ、獣たちはこんな荒野に湧くようになったんです」
「分からない。知るべくもない。我々にはそれを調べる余力すらないのだ」
クルスはまた余計なことを聞いてしまったと後悔した。
「願わくば、君が来てくれたおかげで、その謎が解明されるといいんだが」
現場監督はそう言って肩をすくめた。
「おしゃべりはおしまいだ。君は荷物を持って部屋に戻るんだ。明日からは毎日不規則にたたき起こされる生活だ。寝られるうちに寝ておけ。風呂に入れるうちに入っておけ」
そう言って現場監督はクルスに荷物を投げてよこした。
「これって・・・!」
クルスは驚いた声を挙げた。
廃屋の屋根に置き捨ててきた旅の荷物が一式手元にある。
「ここは命の危険はあるが、財産の心配はない。治安は我々が守る。だから、君もこれ以上規則を破ってくれるなよ」
現場監督はそう言ってからさらに顎で壁の方を指示した。
そこにはクルスの鎌があった。
「生憎重くて私には持ち上げられなかった。ちゃんと持ち帰ってくれよ」
クルスは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ただ、しばらくは振るってくれるなよ。君は戦闘禁止の身なんだから」
そう言って現場監督はクルスのことを気前よく送り出してくれた。
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