手続き
クルスはエージスの部屋を出ると、廊下で待っていた部下Aによって広間の受付所にそのまま連行された。さらに、そこから受付責任者の小柄な老人の目の前にまで連行された。
部下Aは受付責任者と少し話を始めた。
その時、クルスは目を見開いた。
カウンターで手続きをしている女性の一人に見覚えがあったからだ。
紫の髪に赤いリボンを付けている。見間違いようもない。幼いころに、一緒に遊んだことのある少女。幼少期のクルスの数少ない輝かしい思い出。
「リリーナだ・・・」
クルスは呆然として、しかし、嬉しそうに言葉を漏らした。年を経て、立派に成長したリリーナは女性らしい体つきをした、それでいて、まだあどけなさの残る可愛らしい女性に育っていた。
クルスは涙ぐむほど嬉しかった。こうして彼女とまた会えるなどと、思ってもいなかった。
懐かしい思い出がいくつも蘇ってくる。幼い日の数少ない良い思い出が。
部下Aと受付責任者はうなずき合って、クルスに記入する書類を渡してきた。
「こちらに記入をお願いしますよ。クルス様!」
部下Aは途中でクルスが話を聞いていないことに気付いて大声で言った。
「わっ!す、すいません!書類でシュね」
クルスは勢い余って噛みながら、書類を受け取った。
クルスは慌てたようにヘコヘコした。
それでも、クルスは幾度となくリリーナの方をチラチラと見た。
リリーナはその視線に気づいていないかのように淡々と手続きを進めていた。
「手続きや講義はまじめに行ってくださいね。そうしないと、防衛圏追放もあり得ますからね!」
クルスは首が吹き飛ぶほどうなずいた。
よほど危なっかしいと思われたのか、部下Aはクルスが書類に記入をしている間も監視の目を緩めなかった。
氏名、使用武器、戦闘経験など、個人について事細かに記述をする必要があった。
クルスは誠意をもってこの書類への記入を行った。
一瞬、名前を偽ろうかと思ったが、それだとリリーナに名乗る時、何かと面倒なことになる。だから、正直にフルネームを綴った。 それでも、「家族・親族」の欄には「死亡・不在・行方不明等」に丸を付けておいた。
また、借金について尋ねている欄を見つけて忌々しく悲しい出来事を思い出した。そのことをできるだけ思い出さないようにしつつ、300万円ほどの借金があるという事実を認めた。
こうして、本音と建前の入り混じったクルスの個人情報書が完成した。
クルスは一応一通り確認を行ってから、ペンを置いた。
「で、これを、あっちのカウンターに持っていけばいいんですか?」
クルスはそういって紙面をぺらぺらと振った。
「確認させていただきます」
そんなの受付でやればいいじゃん、とは思ったが、クルスは大人しく従って紙を部下Aに渡した。
部下Aは即座に確認を行った。
「はい。大丈夫でしょう」
そういって、部下Aは、クルスをカウンターの受付嬢の前に送り込んだ。
クルスの対応をしたのは先ほどの受付責任者の男性だった。
「みっちりルールを仕込むように言われているので」
そう言って、受付責任者はカウンターの隅の方で、クルスに防衛圏に関する講習の熱弁を振るった。
防衛圏参加中は寝食が提供されること。
給金もあり、基本給に加えて、各役職や成果に応じた上乗せ給があること。
とどめは確実に刺すが、素材は防衛圏で管理されるため、勝手に取得してはいけないこと。
武器装備は支給はされないが、規格品は廉価で購入できること。
住民に危害を加えることについては、厳重に処罰されること。
その他、細かな生活のルールから、大型獣討伐の際の手順など。
クルスは一連の内容をほぼ半日かかって叩き込まれた。基本的に他人に迷惑をかけなければいいとクルスは判断した。
「それで、君への処罰については、数日間の事後作業に従事してもらうことになっている。しかも、かなりハードなペースで、だ」
受付責任者はやや同情的な表情で言った。
「ハッキリ言って、苦役に相当するシフトを割り当てられている」
「はい」
それが処分と言うのなら仕方がない。
「ちなみに、事後作業とは」
そこから、改めて受付責任者の熱弁が振るわれた。
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