処罰


 エージスは挨拶を済ませると、部下に体を支えられながら腰を椅子に腰を下ろした。

 クルスはエージスの後ろの席に座っている部下を適当に、部下Bとでも呼ぶことにした。


 それから、エージスは表情を変えた。今までは穏やかな表情だったが、厳しい顔になっている。どうやら、これからクルスの違反についての沙汰が下るのだろう。


「今挨拶だ。ここから先は処罰の話になるが、いいかね?」

 クルスは唇をきゅっと結んだ。分かっていたことだ。


「防衛圏には規則があり、防衛圏参加者にはその規則が適用される。しかし、未登録で戦闘に参加したとはね。これでは防衛圏の規則を適用させようにも、未登録であるから、規則が適用されない。そもそも、未登録者に関する規則など防衛圏に存在しないのだからね」

 エージスは苦笑を浮かべながらそう言ってから、再び厳しい表情をクルスに向けた。

「だがね、この防衛圏で秩序を維持するためには、登録手続き及び研修を受けてもらわなくては困るのだ。それを違反されてしまっては、防衛圏は誰もが勝手に戦闘を行える無法地帯と化す。そのため、君にはそれなりの懲罰を受けてもらうことになる。構わないかね?」

「ええ、覚悟はしております」

 クルスは暗い表情で言った。

「その量刑については私の判断で下す。まず、既に何人かの証言を揃えているがね。シスター・フェンネ、彼女の救出のため、動き出したということで、よいかね?」

 そこに間違いはないため、クルスはうなずいた。

「ただ、彼女自身は、救出を不要と考えていたようだった」

「なんですって?!」

 クルスは跳ぶように立ち上がった。

「落ち着くんだ。少なくとも、彼女は、あの状況を自力で脱出可能と考えていた。そして、それは、他の複数人の防衛圏参加者の認めるところだ。彼女は瞬間的に移動能力を高める魔術を行使可能だ。それを利用し、最終防衛線まで逃走、その後は最終防衛線で獣に対処するということが可能だったのだ」

 クルスは立ち上がったまま、拳を握りしめ、唇をかみしめた。頭がグルグルと回り始めた。


 自分のやったことは無駄だったのか。


「その後の戦闘は自衛と認められる範囲のものが1回、その後、更に狼型、サイ型の獣との交戦。これについては、緊急的とはいえ、撤退可能であったということは、やはり、防衛圏参加者より報告を受けている」

 クルスはさらに落ち込んだ気持ちになった。あの戦闘は思っていた以上に多くの人々に見られていたのだ。

 しかも、不要な戦闘、規則違反の戦闘を繰り返したと言う風に見られていたのだ。

 そんなことなら戦闘に参加しなければよかったという後悔がクルスの中で渦巻いた。

「・・・とりあえず、座っていただきたいのだがね」

 エージスの言葉に、クルスは糸の切れた人形の様に椅子に戻った。


「ちなみに、この戦闘に至る経緯を私は聞いてはいない。そこに関わる証言を君から聞きたいのだが、よろしいかね?」

 クルスはなんとか言葉を絞り出すようにしてか細い声で訴えた。

「えっとですね・・・その・・・、なんといいますか、登録が必要だったとは聞いていなくて・・・」

 クルスは自分が不要だという絶望に耐えながら声を絞り出すように言った。

「なんだって?」

 エージスはクルスの言葉が良く聞こえなかったために、身を乗り出して聞き返した。

 しかし、それは詰問しているように見え、クルスは少しだけ身を引いてしまった。

「事情を説明したまえ、関所の兵士に防衛圏参加者はこの領主館で手続きをするように案内しろと指示が出ているはずだ」

「それなら・・・、聞いてないです」

 そして、クルスはぎこちないながらも、番兵が取り乱して説明どころではなかった事、そして、そのまま入ってきてしまったことなどの顛末を離した。

「なるほど」

 エージスは淡々とうなずいた。

「指示を出すべき者が出していなかったということだな。失礼した」

「で、ですが、あの兵士はすでにパニックでして」

 クルスはこの都市を訪れて真っ先に出会った兵士のおびえた表情を思い出すと胸が痛んだ。彼に義務不履行という烙印を押し、罰を下すというのはあまりにも非道な行いに思えた。

「なるほど。これは・・・むしろ、我々の任命責任の問題だな」

 クルスは少しほっとした。

 エージスは見た目も物言いも厳しいように感じられたが、公正な人物なのだろう。

「だが、規則は規則だし、処罰は処罰として受けてもらう。正規の手続きを踏んで、研修を受けた後、君には戦闘ではなく就労に従事することになる」

 エージスはそう言って、人区切りをつけるようにため息をついた。


「本件は以上。君には規則に従い、防衛圏の戦力として活躍してもらいたい。」

「その、なんというか、ありがとうございます」

 クルスは椅子から立ち上がって頭を下げた。

「君は・・・、まぁいい。詳しく説明するまでもないだろうね。私は忙しい。だからすぐに決断した。それだけのことだ。退出したまえ」

 クルスはとりあえず、頭を下げた。

 エージスはため息をついてから、机のコップを傾けて、中身が無いのを確認してから、ぽつりとつぶやいた。

「ただね、君のようなのを、陛下はお気に召されると思うがね」

 エージスはわずかながらに忌々し気に言った。

 クルスは首を傾げた。

「規則破りの無鉄砲が救える命もある。陛下は、それを成せる物を好まれているね。だが、めったやたらに規則を破らせないために、我々木っ端役人はいるのだから、私も私なりの責任を果たさせてもらうからね」

「ちなみに・・・」

「・・・、私は忙しいんだがね」

 説明が面倒になったのか、クルスはそのままエージスの部屋から放り出された。

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