囚われの身

 クルスが意識を取り戻した時、クルスは椅子の上に縛り付けられていた。

「な、なんだこれ!?」

 クルスはもがいたが、足も腕も椅子にがっちりと縛り付けられていて椅子をガタガタ揺らすことしかできなかった。

 そこは立派な屋敷の玄関広間の様だった。今は、中央に受付のカウンターが置かれ、そこに、多くの人が押し寄せているが、本来は立派な応接用の玄関広間として、何も置かれていない場所なのだろうと思われた。クルスの椅子はその広間の壁際に適当に置いてあった。

「簡易の・・・連盟<ギルド>ってところか・・・」

 クルスはもうろうとした頭で納得した。が、次の瞬間、大急ぎで首を振った。


 こんなところで呑気している場合ではない。逃げなくては。クルスは焦り、脳内はその考えに支配されていた。


 クルスは必死で逃げようとして、手足を動かした。すると、だんだんと縄が緩んできた。

「お目覚めですか」

「イェアッ!」

 クルスは素っ頓狂な声を上げた。

 目の前に、眼鏡の男が立ちはだかっている。

「あなたが登録外で戦闘行為を行った人物ですね?」

 クルスは一旦落ち着いて、眼鏡の男の背格好を見た。

 よれてはいるが、スーツを着た、きちんとした身なりの男だ。ただし、顔は疲れてやつれている。

 そして、名前を一番最初に確認してこなかったことで、クルスは少しだけ安心した。

「ああ、そうだ。その後、エースとか言う奴に、ぶん殴られて、気がついたらここにいる」

 クルスは忌々しげに言った。第一印象は良かったが、いきなり鳩尾に一発入れられて印象が良くなる人間など存在しない。一発反撃してやったが、どうなったかを見る前に気絶してしまった行く末を見ることができなかったのが残念だった。

「エースさんなら、あなたをここに運んでくださいましたよ」

 クルスはため息をついた。つまり、自分は拳の痛め損だったというわけだ。思わず、トホホと言いたくなった。

 

 眼鏡の男はクルスの反応に大した興味を示すことなく、淡々と言葉をつづけた。

「あなたは防衛圏で、未登録戦闘を行った。これに関する規則はありません。というわけでこの案件については防衛圏総指揮執行官、エージス・バルフォア様が直々に判断されるとのことです」

「はぁ」

 クルスは状況が呑み込めずに言った。

 眼鏡の男はため息をついた。

「ある程度、この防衛圏について説明が必要なようですね」

「ああ、頼む」

 クルスは悪気なく言ったが、眼鏡の男は少し不快そうな顔をした。

 そして、男は、簡単な説明をしてくれた。


 この防衛圏は、『偉大なる陛下』直轄の任務地という話から始まった。

 この都市は何の前触れもなく、押し寄せる獣の大群に襲われた。領主はこれに対して、自身の護衛兵では対処しきれないと判断し、偉大なる陛下に協力を仰いだ。

 本来であれば、偉大なる陛下直属の正規軍が対処すべき事態なのだが、この正規軍が人数不足により、派兵が行えなかった。そのため、周辺のハンターや戦闘可能な人員を一時的に雇用し、この都市を防衛するというのがこの防衛圏の趣旨だった。


「つまり、この任に携わる者は例外なく、恐れ多くも、我らが偉大なる陛下の直々の指揮下にあると考えていただきたいのだ」

「素性の信用できないハンター風情はきちんと管理されろ、というわけか」

 クルスは素直にうなずいた。

「そこまでは言っていない」

 眼鏡の男はわずかに声を荒げた。

「だが、多数の身元不明の人間がいる以上、その管理は必要だ。だからこそ、規則違反には厳しく対処されるべきなのだ」

「なるほど。それで、俺はここまで徹底的に縛られているというわけか。理解した」

 クルスは改めてさらにうなずいた。

「それは、嫌味か?」

 眼鏡の男は苛立ったような表情で言った。

「え?いや、そういうつもりでは」

 クルスはとぼけたような表情で言った。何もわかっておらず、ただ無自覚に言葉を発しているのだろう。

 眼鏡の男はため息をついた。

「お前は先ほどから、まるで嫌味にとられるようなことばかり口にしているぞ。気を付けろ」

「ああ、ども。すいません・・・」

 クルスは自分に一切の心当たりがなかっただけに、困惑した様子で言った。

 眼鏡の男はさらにため息をついたが、それで少し気持ちが落ち着いたのか、肩からち

「とりあえず、縄を解いて差しあげます」

「いい、んですか?犯罪者なんですよ?」

「あなたは、悪質な人物ではないと判断しましたので」

 眼鏡の男はクルスを解放してくれた。

 クルスは、解放されると少しだけ気分が落ち着いた気がした。

 落ち着いてみると、この眼鏡の男も腕章と名札を付けていることに気が付いた。

 しかし、クルスは名前を覚えるのが苦手だった。

 だから、この眼鏡の男をエージスの部下Aとでもしておくことにした。

 クルスは、自分の解放を決定できるくらいだから、Aくらい偉いんだろうと思っていた。


 そして、クルスの直感は正しく、実際、このメガネの男はエージスの次に権限を持つ直属の執政官であった。

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