クルス防衛圏に到着する

防衛圏に到着する

 時はクルスが防衛圏にたどり着いた日にさかのぼる。

 その日は、晴れた日だった。

 クルスは足早に歩きながら防衛圏の都市・ナポリの関を目指した。

 

 関の番兵は小走りに歩んでくるクルスを見て、顔をしかめた。

 番兵はこの防衛圏に入る人間を何人も見てきた。クルスはその中でもひときわ弱そうだった。

 

 まず第一に、鎧や身を守る物を何一つ身に着けていない。身に着けているのは黒いロングコートだけだ。何らかの防衛能力を有したコートだとしても、急所を守る鎧程度は身に着けるのが常識だ。

 体格も決して屈強には見えない。やや細身身に見える。

 

 さらに、番兵は近づいてくるクルスを見つめてさらに不安になってきた。

 クルスの眼はどちらかというと垂れ目で、覇気も、自信もなさそうだ。


 番兵は槍を支えに立ち上がった。

「おーい!あんちゃん!ここは防衛圏だぞー!」

「知ってますよ!!」

 クルスは番兵の方に駆けよりながら言った。

 

 それから、番兵は槍を支えに立ったまま、この防衛圏がいかに危険な場所かを説明しだした。

 クルスはそれを断るタイミングを見失って、はぁと相槌を打ちながら聞いていた。

「だから、悪いことは言わない。今すぐにでも帰った方がいい」

 番兵はそう言ってうなずいた。

 クルスはその時、この番兵が片足を失っていることに気付いた。だから、槍を支えにしなければ立てないのだ。

「この戦いで足を・・・?」

「ああ。だが、足一本で済んだのはまだいい方だ。お前ぐらいの年の新入りが、目の前で踏みつぶされたときは・・・」

 番兵はそこまで言って言葉を切った。番兵は口元を抑えてうめいた。

「お、落ち着いて!と、とにかく座って!」

 クルスは番兵を無理やりにでも座らせた。

 

 それから、番兵が落ち着くのをクルスはゆっくりと待った。

 番兵は泣いたりうめいたり吐いたりを繰り返すばかりで、パニックを起こしているようだった。

 

 それでも、呻き声から、この都市の凄惨な状況を窺い知れた。


 竜に家ごと踏みつぶされる。猿人に体を弄ばれる。狼の食い物になる。鳥に岩でたたきつぶされる。家屋や城壁は度重なる攻撃で多くが破壊された。

「だから、兄ちゃんも、帰るんだ。そうだ。帰るんだ。こんなところに、こんなところに居ちゃいけないんだ。俺も、帰るんだ・・・帰るんだ・・・」

 番兵はうわごとの様につぶやき続けていた。

 クルスは見かねて、番兵の肩に手を置いた。

「そんな状況を見捨てて、行けるわけないだろ」

 番兵はハッとして顔を上げた。

 クルスの眼が、番兵の眼を見据えている。番兵は何かを見いだせるかの様に、クルスの眼をジッと見つめる。

 しかし、クルスはすぐに視線をそらしてしまった。  

「とにかく、俺は入らせてもらうよ」

 クルスは番兵の方をポンと叩いて言った。

「俺に、帰る場所は無いんだ」

 クルスはそう言って、この辺境都市の門をくぐった。

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