講義の行方

 教授の講義、もといおしゃべりはいつも「魂について」という一貫したテーマで進められる。僕のほかにもこの講義を(単位目的で)受けに来た生徒は少数ながらいたが、その意味不明なテーマといちいち意見を求めてくる教授のやり方を受け付けない人がほとんどだった。

 では僕はそういったことができる少数の人間だったのか。

 いいや、ただ受け流すのが得意だっただけだと思う。この教授は面白いといえば面白いが、それは講義という限定的な空間と関係性においてのみだ。それをわかっているのか、それとも講義以外には興味がないのか、教授は講義以外の場ではあまりこちらと関わりを持とうとしなかった。

 だからこそ、僕たちはこの時間だけは旧友の仲のように会話を進める。

 

 「今日のテーマは物語ですね。ありそうでなかった題材といえそうです」


 「そうだね。じゃあ、今回も私から君への質問から始めさせていただくよ。君は・・・物語やそこに登場するキャラクターに魂は存在すると思うかい?」


 「難しい質問ですね。物語の中に生き物としての命はありませんが、様々な人間関係が描かれている訳ですから、それはそれで生きている、魂があるという考え方もできそうです」


 「うんうん、これまでの講義でまとめあげた内容を基によく分析できると思うよ。それじゃあ、君がそのように考えた経緯を順序立てて説明してくれるかな」


 「え?でも、先生だって同じような意見ならわざわざそんなことしなくても」


 「これは前回までの流れの復習であり、私の想像の時間の確保でもある。なにより他人の口から発せられる意見にはいつもいい刺激をもらっているからね。君の解説を聞きながらまた新しい何かに気付くことができるかもしれないんだ、だから頼むよ」


 「わかりました。えっと、まずここで魂といったら何を指すのかについて話し合いました。その中で生死の境をさまよった場合、精威を込める意味での魂などありましたが、ここではその存在が生きていると感じる要素として考えることとしました」


 「そうそう、まだその本質までは考えが至ってはいないけど、今の時点で私たちは互いに魂の存在は認めているといえるね」

 

 「そうですね、ここで僕が先生には魂があるとは思えないなんて言えば一方的とはいえ、先生が生きていないとするようなものですからね」


 「おぉ?私が逆に、君には魂がないと言う可能性もあるとは思わないのか?」


 「この前、目の前にある机に魂があると思って話しかけてみよう、なんて言っていた先生が今さらそんなこと言うなんて思いませんよ。それに優しい先生ならそんなひどいこと言わないですよね?」


 「ふぅ、それがお望みならその通りにしよう」


 「それから魂という考え、先生は概念とおっしゃりましたがそれらは五感から伝わる刺激が必要なのではないか、ということについて話が進んでいました」


 「ありがとう、前回までのところでそういったことについてやったね」


 「はい、それで先生の方はお考えはまとまりましたか?僕の方はちゃんとここまでの講義の振り返りは済ませましたが」


 「そうか。それで君はどう思う、物語に魂はあると思うか?」


 「では、僕はないということにしましょう」


 「それはまたどうして?」


 「きっと先生はこうおっしゃるからです。物語にも魂があると」


 「そうだね、私は物語にも魂はあると思うよ」

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