三人の阻止者

牛盛空蔵

三人の阻止者

 つい最近かもしれないし、少し昔の話かもしれない。

 戦争に関する映画を見て、三人の若者は決意を固めた。


 西倉は「戦争に動員されるのは軍人である。また、戦いの中で平和への糸口は見つかるのではないか。ならば、自分はあえて軍人として戦争に身を投じるべき」と考え、軍人への道を歩んだ。

 中手は「戦争の意思決定をするのは政治家であるから、政治力をもって開戦を防ぎ続けるのが最善の解決に違いない」と考え、政治家を志した。

 小東は「全ての戦争の根源は、結局、国民全体が戦意を持ち開戦を支持することにある」と考え、平和活動家の行程を進み始めた。




 西倉は、己の敗死を悟った。

 彼が統合参謀本部の参謀長に登り詰めるまで、彼は各地を転戦し、常に死地で指揮を執り、あるいは他の方法で戦争に関与し続けた。

 しかし、戦争の中に平和への答えはなかった。

 結局、戦争というものは、いつの間にか全部がお膳立てされて、軍人の知らないうちに、何か計り知れない時流とでもいうものが、そこへ人類を追いやる。

 それの正体が何なのか、彼には分からない。彼は上層部とはいえ、一介の軍人に過ぎない。国際関係論やら戦争の機序も勉強はしていたものの、その程度の付け焼き刃では捉えきれない何かが、そうしているとしか結論付けられなかった。

 思えば、同期はほとんどが戦死、または病死した。自分がここまで生き延びてきたのは、戦争の中で平和を探求するという、執念があったからだろう。

 しかし答えがないという結論が、否応もなく目前に達し、もはや執念は枯れ果てた。探求心がしぼんでいくのを感じた。

 そして、もはや決して覆せない戦況を、電子機器が無情にも告げている。

 ――もう俺は、この世を去るべきなのか。

 彼は携行飲料をあおった。



 中手は尋問室――という名前の処刑室で、政治家として静かに死を待っていた。

 政治は無力だ。

 戦争の脅威は、政治家といえども、一個人で止められるような代物ではない、と、彼は長年の経験でようやく気付いた。

 とはいえ、それは逆も同じであることも、彼はこの一生で学んだ。

 きっとこの国に、いわゆる「独裁者」が現れても、彼の一存のみでは戦争は始まらないだろう。一個人で始められる代物でもない。多くの賛同者がいてようやく起こる災禍。彼はそう考えている。

 しかし、それでも起こすより止めるほうがはるかに難しい、と彼は受け止めている。何か、世界が戦争回避より開戦を好んでいるような傾向を、肌で感じている。

 その「世界」が個々人を指すのか、なにやら壮大な、オカルトじみた何かを指すのかは彼には分からない。

 だが、水が高きから低きへと流れるように、世界も、放っておけば自然と争乱へ流れるようになっている。政治はそれに抗える時もあるが、圧倒的に押し流されることのほうが多いように、彼には思える。

 処刑室へ死の足音が近づいてきた。彼はただ目を閉じた。



 小東は、軍事組織に拘束されながら、友と映画を語り合った昔を思い出していた。

 平和活動を志したのは、間違っていたのかもしれない。いや、西倉や中手も、きっと全員間違っていたのだろう。

 国民、軍人、政治家。一部分を切り取っても、きっと戦争について答えは出ない。

 すさまじいまでの不可抗力。運命。膨大な数の必ずしも悪意でないアクション。そして絶望的なまでの偶然。不可知の事情――いわば「霧」。

 奔流じみたもの以外を見ても、例えば善悪の概念。世界中に善悪があるからこそ、互いを悪と認め、紛争は始まる。

 どれも人類が除去することなどかなわない、回避しがたき大きな命運。

 この世界は、人類が戦い合うようにできている。どの因子も、この社会の構造上、改善して消せる域からは程遠い。

 例を挙げるなら善悪の別。これを人類から削り取ったら、秩序は乱れ、または消失し、個人も集団も思う存分に暴れ回るだろう。戦争が消えたとしても、代わりに混沌が生まれる。

「おい立て。銃殺刑の時間だ」

 異国の言葉で急き立てられ、小東は無力感のうちに指示に従った。

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