2-1話 比べられないハンディキャップ

『ハヤちゃんどうしたの?』


 放課後の学校の教室で、私が一人机に突っ伏していると、メイが前からやってきて声をかけてきた。


 私は気のない返事を返す。


『一週間も経ったのに、まだあの時の取材のこと気にしてるの?』


『そんなんじゃないわよ』


 追いつこうと必死でペダルを踏み、クランクを回した。それでも、あのMTB《マウンテンバイク》に引き離された。

 一週間が過ぎた今でも、あの夜の事が頭から離れない。授業は度々上の空となり、最近は夢にまで出てきた。


『あんな重そうなバイクなのに……』


『バイクがどうしたの?』


『なんでも……』


 なんでもない、一人にして。そう言おうとしたが、私はそれを飲み込んで質問をしてみる。


『ねぇ、メイはMTBに乗ってロードバイクに勝てると思う? 公道で勝負してるとして』


『無理に決まってるじゃん』


 即答だった。


『ロードバイクとMTBじゃあ車体重量からフレームの作り方、付いてるパーツまで全く違うもん。ダイヤグラムつけらただよ?』


『そこまで言う?』


 ここまではっきりとMTBではロードバイクに勝てないと言われるとは思わなかった。

 MTBとロードバイクの違いは素人でも一目瞭然だ。だけど、MTBだって競技に使われている自転車だ。

 それに、私は今までロードバイク以外のスポーツバイクに乗ったことがない。

 芽衣が即答するくらい、MTBとロードバイクで速度にそこまで大きな違いがあるのか、いまいちイメージが湧かない。

 一つだけ理解しているのは、車体の重さの違いくらいだ。

 車体の重さは単純に加速力や最高速度などの有利不利を決定する。しかし、それは誰にでも直感的に理解できる。特に、学校で物理を学んだ者ならなおさらだ。

 あのMTBは、見た目の巨大さからして、私が乗っている自転車以上の重量があることは間違いないないだろう。一体、MTBは重さ以外に、何の不利を背負っているのだろうか。


『ハヤちゃん、もしかして来年のレースはハンデでもつけて走ろうと思ってる?』


『そんなんじゃないわよ』


 しつこいから、私はこみあげてくる恥ずかしさを押し殺しながら、メイに耳打ちで事の経緯を教える。


『……タイヤが異様に太い片腕のサスペンションフォークの自転車に抜かれてちぎられた』


『ええっ!? ハヤちゃんMTBに抜かれたの?!』


 教室中に響き渡るくらいの芽衣のオーバーリアクションに、私は耳を塞ぎながら顔を伏せる。

 芽衣が驚いた時はこんな感じだが、今回のは五割増くらいでうるさい。


『恥ずかしいから叫ばないで』


『いくらなんでも話盛ってない? だって話を聞く限りだと、その自転車ってファットバイクだよ。しかもキャノンデールのFAT《ファット》・CAAD《キャド》じゃん』


『メーカーや車体名までわかるの?』


『だって片腕のサスペンションフォークでしょ? それでファットバイクだって言ったら、そんなのキャノンデールしか出してないもん』


『どうして追いつけなかったのかなぁ。単純に男女の差なのかな?』


 単純に男女の間にある悲しき体力差なのかと思ったが、芽衣はこれにも顔をしかめた。


『インターハイ優勝した今のハヤちゃんに追いつくなんて男でも難しいと思う。ロードバイクとファットバイクの速さ比べって男女の違いの話じゃないし。車体の構造の話とかそっちのレベルだし』


『そんなに違う?』


『お話にならないくらいには。もしかしてハヤちゃんてママチャリと自分のロード(バイク)以外乗ったことないの?』


 そこまで言うか。

 ため息を吐く私を見て、芽衣が閃く。


『どう? ハヤちゃんが良ければだけど、明日の土曜日走りに行かない? 私もう一台MTB持ってるの。お父さんのおさがりだけど、それでもよかったら乗ってみない。いい気分転換になるかもだし──ねっ?』


 ……たまには違う自転車に乗ってみるのもいいかもしれない。MTBの特徴を体験する良い機会でもある。


『──何処で待ち合わせ?』




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