第95話 「あっ♡おにいちゃ〜ん♡」

「これはどうです?」

「いいね! 最高だ!」

「じゃあこれは?」

「素晴らしい! ファンタスティック!」

「これとかも?」

「超可愛い!」

「どれも似たような感想で参考にならないんですけどぉ……」


 これは試着室のカーテンが開くたびに交わされた俺と千衣子の会話である。

 語彙力が皆無なのは仕方がない。だってどれも似合うし可愛いんだもの。

 まぁ、ビキニだけは相当恥ずかしいらしく、断固拒否された。


「それじゃあ……これにしますね」


 そう言って千衣子が選んだのはホルターネックのワンピースタイプ。これなら可愛さと色気の両方を合わせ持ってると思う。ビキニの次に俺が選んだ水着だ。俺好みのを着てくれるという、この彼氏だからこそ持ちうる優越感。たまらない。

 でも、やっぱりビキニも……と、思いながら視線をチラッと横にうつす。そこには一番最初に俺が持ってきて試着を頼み、秒で断られた可愛らしいフリルの付いたオレンジ色のビキニがある。

 だけど無理強いはしない。俺は理解のある彼氏なのだから。


「そんな名残惜しそうな顔しても買いませんし、着ませんからね」

「わ、わかってるって!」

「まったくもう」


 理解の……ある……彼氏なのだからぁ……。


「そういえば美桜ちゃん達はいます?」


 会計を終え、水着の入った紙袋を持った千衣子がキョロキョロしながら言う。


「ん? あぁ、あいつらならまだ選んでるぞ。なんかまだ決まらないみたいだな」

「どうします?」

「んーそうだな。目的のものは買ったし、ここにいてもしょうがないからそこら辺ブラブラするか。ちょっと声かけてくるわ」

「はい」


 そして未だにアレがいいだのコレが良いだの騒いでる茜と美桜の元に行くと、少しうろついてることを伝えて千衣子の元に戻る。


「んじゃ、行くか」

「はいっ!」


 そんなわけで歩き出したのはいいけど、既に目的は果たしたからどこを見ようか迷う。

 このショッピングモールは三階建てで、入ってる店舗数もえげつない。何度か来ているが、未だにどこに何があるのか把握出来てないくらいだ。


「とりあえずそこの雑貨屋でも行くか?」

「ですね。部屋に置く小物とか見てみたいかも。良かったらお揃いで何か買いません?」

「それいいな。なんか良いのがあればいいけど 」


 そして店内へ入ろうとすると、中から毎日の様に見る制服を着た女子が二人出てきた。


「あっ♡ おにいちゃ──いだだだだ!」

「翔平くん!? いきなり何してるんですか!? 」

「そうだ。スマホで撮るのが普通になってるからこそ、あえての写真立てとかはどう?」

「こ、こんな美少女な妹の顔を鷲掴みしながら普通に話すなぁ!」

「え? 妹さん? 妹さんって……翔平くんの妹さん?」

「はぁ〜なぁ〜せぇ〜!」

「ちっ」

「舌打ちした! 今舌打ちした! ドメスティックバイオレットだ!」

「バイオレンスだろうが馬鹿野郎」

「やっぱり香帆ちゃんは頭も弱いね〜」

「彩月ちゃん!? 頭ってなに!? そして手を離さないんかーい! この馬鹿兄ちゃん!」


 そう。店から出てきたのは香帆と彩月ちゃんだったのだ。

 にしてもなんでコイツがここにいるんだ? 学校は?サボったのか? なんてことを思ったけど、時間を見て納得した。


「なんだ。学校帰りか」

「わかったのならこの手を離してくださいお兄様ぁぁぁぁ!」

「わかったわかった。離すから騒ぐな」


 手を離してやると、香帆は俺から離れて彩月ちゃんの後ろに隠れながら俺を睨んでくる。


「危なかった。あのまま食らってたら小顔美人になるところだった……」


 もう一回掴んでやろうかコノヤロウ。

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