第94話 Mっ気彼女にイジメられるとゾクゾクする

「それじゃあそろそろ中に入りましょう。入口付近で話しててたら他のお客さんの邪魔になりますし」

「そうだな」

「ごーごー!」

「え? ほんとに入るの? 僕も?」


 俺、千衣子、美桜は店内に入ろうとするが、茜だけはその場で固まっていた。しかもその顔は少し照れているかのように赤く染まっている。男の照れ顔とか誰得だよ。

 そんなの許されるのはラブコメ主人公のイケメンだけ……ってそうだった。まんま茜だったわ。

 ま、それはさておき。


「今更何言ってんだ。茜も美桜の選ぶんだろ?」

「そうだよ〜。美桜の水着は茜くんが選んでね?」

「え、僕それ聞いてないよ!?」

「今言ったんだも〜ん」

「お前、言わないで連れて来たのか!?」


 美桜がテヘヘと笑いながら言う。うん、千衣子の方が可愛い。

 それにしても……さすがに店の前にまで来たら勘づいてもいいと思うんだよな。さすがは鈍感系主人公ムーブ男って感じだ。

 しかし俺はそれを許さない。なぜならこんなチャンスは【彼女持ち】というステータスの時以外には無いのだから。


「何言ってんだお前ぇ!合法的に堂々と入れるんだぞ!?」

「そもそも非合法で入ろうと思わないでしょ」

「マジレスかよ」

「だって恥ずかしいじゃん」

「茜……お前それは全ての女性に失礼だ」

「どーゆーことさ」

「よくわからんけどなんか失礼な気がする。でもな? よく聞けよ? もし、お前が選んだお前好みの水着や下着を美桜が着て見せてくれたらどう思う?」

「それは……嬉しいよ」

「つまりそういうことだ」

「うん、わかったよ。行くよ、僕!」

「おう!」


 これで良し。


「茜くんに深山の馬鹿が伝染っちゃった……。てゆーかちいちゃんは、彼氏があんなこと言うのはどうなの?」

「え?あ、う〜ん? まぁ、そういう所も含めて好きになっちゃいましたし、いいんじゃないですか?」

「お、おとなだ……」

「それに……私も翔平くんの好きなの着てあげたいですもん」

「あ、違った。これ、ベタ惚れなだけだった」


 さすが千衣子。愛してる。

 というわけで俺たちは仕切り直して四人揃って店内へ。

 茜にあんなことを言ったけど、実は俺も少し緊張していた。だって未知の世界なんだもの。初体験なんだもの。


「お、おぉ……」


 店内に入ると、目に映るのは色とりどりの水着。視界の少し奥には華やかな下着も見える。

 しかもなんかいい匂いもする。ウィンドウ越しではわからなかったことだ。


「とりあえずどこから見ます? 翔平くんはどんなのが好きとかありますか? 私、学校指定のしか買ったことなくて、こういったちゃんとした水着買うのって小学校以来なんですよね──って、翔平くん?」

「ん? お、おおぉ。好きな……の? 好きなの……え?」

「どうしたんですか?」


 どうもこうもないんだけど。え、ちょっと待って。やっぱり彼女の水着選ぶとかハードル高すぎじゃない? 世の中の彼女持ちはこんなハードなことしてんの? まじで?

 茜……茜はどうなんだ? 俺でこうなんだからアイツならきっとかなり取り乱してるに違いない。

 そう思って茜と美桜がいる方に顔を向ける。


「ねぇねぇ茜くん、これなんてどうかな?」

「美桜ちゃんにはもう少し明るい色の方がいいんじゃない? これは?」

「あー! うんっ! これカワイイ〜!」

「こっちはどう? でも少し露出が多いかな」

「え〜? でも茜くんはこういうの着てる美桜のこと、見たい?」

「…………そう聞いてくるのはズルいよ」

「へへっ♪ 茜くんかーわいっ♪」


 お前マジか。お前らマジか!? なんでそんな慣れてんだ!? そういうやり取り俺がやりたかったんだけど!

 くそっ! これは負けてられない。俺だって……!


「よし千衣子。俺が千衣子に一番似合う水着を選んでやるからな」

「はい。でも、あんまり恥ずかしいのはダメですよ?」

「もちろんわかってるわかってる」


 俺は千衣子の手を引いて歩き出す。と、そこでいい感じのを見つけた。


「あ、これなんてどうだ? 柄も可愛いしリボンとか付いてるし色も千衣子に似合いそうだ」

「えっと……その……」

「どした? 好みじゃない?」

「いえ、たしかに可愛いし、翔平くんも好きそうだとは思うんですけど……」

「けど?」

「それ…………下着です」

「へ?」


 指摘されて売り場をよく見る。すると売り場にいる他の客や店員からもよく見られている俺。


「お、んおぉ……」


 これは恥ずかしすぎる……。


「もしかして……三枝くんより翔平くんのほうが本当は緊張してました?」

「え、あ、いや! そんなことは……!」

「ふ〜ん?」

「なんだよ」

「い〜え? べっつにぃ〜?」


 千衣子はそう言うと、緊張を見透かしたかのように下から俺の顔を覗き込んでくる。

 なんだ? こんな表情は初めて見るぞ? なんというか……面白いものを見つけた時のような……。


「そういえばですね? 実は翔平くんと付き合い始めてから、下着を買うのも一苦労なんですよ。なんでだと思います?」

「サイズ……とか?」


 そう言ってチラッと千衣子の胸元を見る。大きいと可愛い下着を探すのが大変だという都市伝説を聞いたことがあるから、それなんだろうか。


「ちがいま〜す。って露骨に見すぎです」


 違うようだ。


「じゃあなんだ?」

「こういうのなら好きかな? とか、こういうのならずっと見ててくれるかな? ってたっくさん悩んじゃうんです。さて、どうしてでしょう?」

「俺のことが好きだから?」

「ん〜? それもありますけど、正解は……」

「正解は?」

「翔平くんって、とき全部脱がない方が好きですもんね?」



 …………………。



「だから大変なんですよね〜」

「ナ、ナンノコトカナ」


 気まずくなってスっと目を逸らしながら答えると、今度は俺がさっき水着と勘違いした下着を指さしながら小声でこう言ってきた。


「今度はがいいんですか?」


 もう許して……。


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