第88話 まだ残っている【痕】

 試合が始まって思った事が一つある。

 これは思っただけで胸の中にしまいこみ、今後一切口に出すことないだろう。


 まぁ、うん。その……あれだ。俺の予想以上に千衣子は運動が苦手なんだなぁ〜ってことだ。


 サーブを打てば味方の後頭部に当たる。下からすくい上げるように打つサーブなのになぜかライナーで飛んでいく。

 レシーブをしようとすれば空振り。

 う〜ん、ポンコツ可愛い。


 そして美桜の方は正反対。元々の運動神経がいいのもあって、同じチームにいるバレー経験者とたいして変わらない活躍をしていた。一点を取るたびに茜の方を見ては満点スマイル。それにたいして茜もイケメンスマイル。ここだけ少女マンガの世界になっていた。


 で、そうやって良い意味でも悪い意味でも目立つとやっぱりというか案の定というか、観戦してる他の生徒からの声も耳に入ってくる。


「あの一年の元気な子可愛くね?」

「天真爛漫な感じがいいよな」

「彼氏いんのかな」


 これはおそらく美桜のことだろう。これを聞いた茜が隣でドヤ顔をしてたからとりあえず脇腹にヒジをいれといた。


「あの眼鏡っ娘やばくね。ウケる」

「いやでも待て。1人だけ上にジャージ来てるから実は巨乳かもしれないぞ」

「案外ちゃんと見れば可愛いかもな。あーゆー地味に子ってチョロそうだし、強引に行けばモノにできんじゃね?」


 そしてこれは千衣子に対してだろう。ムカついたから文句言いに行こうとしたその時、ちょうど千衣子がこっちを向いて小さく手を振ってくれたので、思いっきり手を振り返す。そしてごちゃごちゃ言ってた奴らの方を向いて、鼻で笑ってやった。


「はんっ」

「「「っ!」」」


 ん〜気持ちいい!


 とまぁそんなこんなで試合は終わり、結果はうちのクラスの勝ち。

 心配していた千衣子が暑さで倒れるようなことも無く、無事に終わった。

 クラスの数が多いからか、総当たりじゃなくてトーナメント戦のため、負けるとそこでおしまい。

 だから千衣子は今日はもうフリーになる。


「千衣子おつかれ」

「あ、翔平くんありがとう。でも、変なところばかり見られちゃって恥ずかしいです」


 試合後、しゃがみ込みながら息を整えている千衣子の元に向かって声をかけると、照れながらそう言ってきた。


「でも頑張ってたじゃん。てか今日はもう何も無いだろ? 少し外行こうぜ。風もあるから外の方が涼しいだろ」

「あ、うん。じゃあちょっと待ってて下さい」


 千衣子はそう言うと立ち上がり、同じチームの女の子に一言声をかけるとすぐに俺の傍にきた。

 なにやらきゃあきゃあ聞こえたけど、おそらく冷やかされでもしたんだろうな。


「それじゃあ行きましょうか」

「おう。てか後ろ騒いでるけどいいのか?」

「……後で事情聴取するって言われました」

「最高にカッコイイ彼氏だって言っといてくれ」

「バカ。そんなこと言いませんよ。……私だけ知ってればいいんです」


 危なくこの場で抱きしめるところだった……。


「ん〜〜! 言ってた通り、外の方が涼しいですね」


 適当に歩いて風通りの良い日陰に行くと、千衣子はぐーっと手を伸ばす。


「だろ? それにここなら人も来ないしな。だから大丈夫」

「何がですか?」

「いや、ジャージ着てたら暑いだろ? 誰も見てないからTシャツになって少し涼んだら?」

「誰のせいで着ることになったと思ってるんですか」

「え!? 俺のせいなの!?」

「まぁ、半分は。痕、まだ残ってるんですよ?」

「痕って……あ」


 そこではっと思い出す。


「キスマーク……か?」

「です」

「それはそのなんというか……ゴメン?」

「ふふっ、冗談ですよ。それは別に気にしてませんし。ホントの理由はレシーブした時にすぐ赤くなっちゃうからです」

「お、怒られるかと思ってビビったぁ……」

「そんなことで怒りませんよ」

「良かったぁ〜」


 マジでホッとした。


「でも、確かに暑かったです。あの……ほんとにここ、誰も来ません?」

「来ない来ない。今頃みんな試合観戦に夢中だろうし、誰か来るとしたらすぐわかるしな」

「それじゃあ……汗もかいちゃったし、少しだけ」


 千衣子はそう言うとジャージのジッパーを下ろして前を開けた。


「っ!?」


 するとそこに見えたのは、汗で濡れた白い体操服が肌にピタリと貼り付いている姿。そのせいで下着も透けて柄がハッキリと浮かび上がっていた。そしてその形も。


「んっ……はぁ、風が入ってきて涼しい。あ、そういえば……」

「へ?」


 千衣子はいきなり俺の手を掴むと自分の頬に当てた。


「この前思ったんですけど、翔平くんの手ってちょっと冷たいんですよね。だからこうしてるとちょっと気持ちいいです」


 そう言いながら俺の事を見上げて微笑む姿に、動いてないのに体温が上がりそうな俺がいた。

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