第78話 負け確なのにヒロインを不安にさせる略奪者の訪問

「ん……朝か?」


 腕に重みを感じて起きると、すぐ隣に千衣子の寝顔があった。規則正しい寝息がかすかに腕に当たってくすぐったい。少し視線を下にずらすと、寝息に合わせて上下する胸元。


 なんだこの幸福感は。俺は今、ひとつ上の男になった。ヤバい。超ヤバい。しかも彼女の可愛さよ。俺、完全に勝ち組じゃね? 中学時代に俺をフッた子達に自慢したいんだけど。だけどそんなことはしない。心の中だけで優越感に浸ってよう。


 さて、というわけで、彼氏にだけ許される幸せタイムを満喫しなくては。

 まずはほっぺをツンツンと……


「起きてますよぉ〜」

「お? あれ?」

「あれ? じゃないですよ。こんなことされたら起ちゃうに決まってるじゃないですか」

「こんなこと?」

「……腕枕しながら頭撫でるなんて反則です。寝てるのが勿体なくなっちゃいます。でも、もっと撫でてください」


 そう言いながら自ら頭をフルフルと押し付けてくる。え、なに? 可愛いすぎかよ。


「あ、そう言えば今何時だ?」

「ちょっと待ってください。目覚まし時計がこの辺に……っと、あった。えっと、わぁ……」

「そんなに驚いてどうした?」

「えっとですね? もうお昼過ぎてます」

「マジで?」

「ほんとです。でも、よく考えたら寝たの少し外が明るくなってからでしたもんね……」

「そう言えばそうだな。で、どうする? そろそろ起きるか?」

「ん〜〜もうちょっとだけぎゅってした〜い♪」


 そう言って下着姿のままで俺にしがみつく千衣子。抱き締め返す俺。ガチャと開くドア。俺達を見て優しく微笑みながら親指を立てる千衣子のお母さんである梓さん。そしてそっと閉められるドア。

 なんて幸せな時間────は?


「…………翔平くん」


 顔を青くしながら震える声で俺の名前を呼ぶ千衣子。


「…………なんだ」

「今の、お母さんですよね?」

「そう……だな」

「私、下着姿なんですけど」

「俺も上半身裸だなぁ」

「見られましたよね?」

「それはもうバッチリとな」


 千衣子の俺を抱きしめる力がさっきまでより強くなる。そして──


「なんでですかぁぁぁ!?!?」

「なんて言えばいいんだぁぁぁ!?」


 二人ともどうしたらいいのかわからずにパニックに陥ってしまった。


 ◇◇◇


「……おかえりなさい」

「お、おじゃましてます……」


 このまま部屋にいる訳にも行かず、俺達は着替えてリビングに降りた。そこでは梓さんがコーヒーを飲みながらニコニコしながら俺達を待っていた。


「二人ともおはよ。ご飯食べる?」

「お母さん、あのね? えっと……」

「すいませんでした!!」

「翔平くん!?」

「お母さんがいないのにその、えっと……勝手に家に上がったりしてすいませんでした」


 とにかく謝る。謝って謝ってなんとか別れろって言われないようにしないと。


「深山くん」

「は、はいっ!」

「うちって娘しかいないのよ」

「……はい?」

「この店、私の代で終わらせたくないのよねぇ……」

「えっと……?」

「跡取り……欲しいな?」

「お母さんっ!?」

「是非っ!」

「翔平くんっ!?」


 戸惑う千衣子を横目に俺は梓さんとガッシリと握手する。


「未来の息子ゲット〜♪ あ、でも子供を作るのはせめて高校卒業してからにしなさいね?」

「〜〜〜〜っ!! もうお母さんの馬鹿ぁ……」


 あー、そりゃわかるよな。あの状況を見たら何も無いって思うはずもないよなぁ……。


 その後、三人で昼食を食べてから俺は帰ることに。本当はその後も二人でイチャつく予定だったけど、流石にな。

 ちなみに梓さんが早く帰ってきた理由は、三日前から部屋の掃除や冷蔵庫の中身の確認に、何回も帰宅時間の確認をしてくる千衣子の様子がおかしかったから、「もしかして?」と思って急いで早く帰ってきたらしい。家に着いたのはちょうど俺たちが眠りについた朝方だったとか。

 それを聞いた千衣子はもう……なんかもう、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちていた。


「翔平くん、また……明日……」

「お、おう。まぁ、その、なんだ……。今度は俺の家に来るか?」

「行きます……」

「それじゃ、帰ったらまた連絡するよ」

「待ってます。そして慰めてください。きっとこれからお母さんに色々聞かれますから…………うぅ……」


 それから頭を軽く撫で、肩を落とした千衣子を何度も振り返りながら俺は駅に向かった。


 ◇◇◇


 家に帰ると玄関に見慣れない靴。香帆のか? って思ったところで階段の上から声がした。


「翔平さぁん〜♪」

「ん? あぁ、彩月ちゃんか。香帆と遊びに来たの?」

「違いますよぉ〜。あ、違くもないけどぉ〜、本題はちがうんです〜」

「ちょっと何言いたいのかわかんないだけど? 本題?」

「はい〜。私〜、翔平さんに告白しに来たんです〜。ついでに既成事実も作っちゃおうかなぁ〜って〜♪」




 ……ん? この子はいったい何を言ってるんだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る