第72話 ハーレム物の二番目キャラはほとんど不遇

「ほんじゃ行ってきますよっと」


 俺は、昨日の香澄さんの地獄の特訓のせいによる筋肉痛で軋む体を、千衣子への愛の力で何とか動かして玄関に立つ。

 そして扉を開けようとした時、俺の体は背後からの予期せぬ妹カタパルトによって誤発進され、扉に押し付けられた。


「いでぇっ!!」

「なんで!? なんで茜君来てないの!?」

「香帆お前……第一声がそれかよ! まずは一言謝れっての!」

「なんでなんでなんで〜!? せっかく髪型変えてみたのに〜! 茜君ならきっと「可愛いね(イケボ)」って言ってくれるのにぃ〜!」

「てめぇこのやろう!」


 可愛いと言われる事前提で話をする香帆の髪型を見ると確かにいつもと違う。

 所謂ツインテールになっている。アニメが好きな茜の好みを狙った髪型だ。あざとい。

 だから俺はそのツインテールを握る。そして捻る。


「エンジン全開」

「ドゥルンッ! って何言わせるの!?」

「お前が勝手に言っただけだろうが」


 う〜む。我が妹ながらノリがよろしい。


「これ、この前茜君に聞いた好きなアニメのキャラの髪型真似してみたんだよね〜♪ これなら茜君のハートも鷲掴み! むしろ鷹掴み!」

「なんでだよ。鳥の名前付ければいいってもんじゃねぇだろうが。バカか。バカだったな」

「う、うるさいっ! それでなんで茜君は来ないの!?」

「今日は彼女の家から直接学校に行くからだな」

「…………へ? 彼女?」


 香帆は間抜けな顔をしている。ちなみにツインテールは俺が握ったままだ。その手を離すと、シュンとうなだれるように下に垂れる。


「あぁ。彼女だ。茜には彼女が出来た」

「そんなっ……! それに彼女の家から直接なんて! それって絶対絶対………あうあうあう」

「そう。あうあうあうだ。茜はあうあうあうだ」

「人が恥ずかしくて言葉濁してるのにそれをそのまま真似するなしっ!」

「まぁ、茜にそんな度胸は無さそうだけどな……」

「だ、だよね! なら私にもまだまだチャンスがあるっ! 私だって茜君の事好きだし。なんなら二番目でも……髪型真似したこのキャラも二番目だったし……」


 おいおい……。現実とラブコメアニメを一緒にするな。それに二番目って大体あれだぞ? みんなを仲介したり、サポートに回ったりと色々不遇なキャラ多いぞ?


「まぁ、勝手に頑張ってくれ。俺は行くからな」

「あ、待って! 私も行く!」

「待たぬ」

「鬼かあんたは!」


 後ろで叫ぶ香帆をスルーして俺は玄関から出る。そして更に早歩きで進む。しかし香帆は追いかけてくる。

 結局隣に並ばれて、分かれ道までは一緒に行くことになった。となりぜーはーぜーはーうるさいけど。


 で、いつもの分かれ道に近づくと、どこかで見た子がこっちを見て手を振っていた。あれは確か──


「あ、彩月!」

「香帆ちゃん!」

「「おっはよぉ〜ん♪」」


 二人はお互いに近づくと向かい合って両手をパァンッと合わせた。

 うむ、なんか微笑ましい。


「あ、香帆ちゃんのお兄さんもおはようございますぅ〜」

「あぁ、おはよう。彩月ちゃん」

「名前覚えててくれたんですねぇ〜。そうだ〜。毎回【香帆ちゃんのお兄さん】って呼ぶのも長いので、翔平さん、って呼んでもいいですか〜?」

「ん? まぁ呼び方なんて好きに呼んでもいいけど?」

「ありがとうございます〜。翔平さん♪」


 な、なんかこの子距離感近いな。そして相変わらずおっぱいデカイな。ほんとに中学生かよ。

 まぁ、千衣子程ではないけども。


「ほら彩月! 早く行こ!」

「あ、うん〜。香帆ちゃん待って〜。じゃ翔平さん、

「二人とも車に気をつけてなー」

「はぁ!? 何言ってんの? もう子供じゃないし!」

「そうですよぉ〜♪ 私、体は大人ですよぉ〜?」

「彩月あんた何言ってんの!?」


 二人はそんな掛け合いをしながら歩いていく。朝から騒がしいな。

 さて、俺も千衣子が待ってる駅に行くか。



 ◇



「てなわけで、茜と美桜は無事恋人同士になったみたいだぞ。まさかの初日からお泊まりになるとは予想も出来なかったけど」

「みたいですね。私にも昨夜進藤さんから連絡ありました。どうしよう!? って」


 千衣子をいつもの駅まで迎えに行ったあと、学校まで歩きながら茜達の話で盛り上がる。


「それにしても昨日はびっくりしたんですよ? 深山君、とっても疲れたような顔をしながらいきなり寝ちゃうんですから」

「あぁ、あれな。昨日茜の家に行った時に茜の姉ちゃんのストレス発散の稽古に付き合わされてさ……マージでくたばってた」

「三枝君のお姉さん……ですか? お稽古って?」

「ん? あぁ空手と護身術だよ。茜の家ってみんな武道家一家だからさ」

「そうじゃなくて……お稽古って事はその……体とかくっついたんですよ……ね?」

「ヤキモチか!? 大丈夫だ! 俺は千衣子大好き一筋だから!」

「んにゃ!? た、確かにヤキモチはちょっと焼きましけどっ! だけどっ! もーっ! もーっ!」


 袖を掴まれてブンブン揺らされている。

 あぁ……なんたる至福。朝から千衣子の可愛さ補充だ。


「まぁまぁ。稽古って言っても千衣子の想像してるのとは全然違うから。ただひたすらに投げ飛ばされていただけだから……。そう、ただひたすらに……」

「み、深山くん? どこ見てるんですか? 深山くーん!?」

「…………はっ! 地獄を見た……」

「な、なんかヤキモチとか言ってる次元じゃないんですね……」



 そんなやり取りをしながら俺達は学校についた。

 そして教室に入ろうとすると、中から声が聞こえる。聞きたくなかったけど嫌でも耳に入ってきた。



「私だって三枝君の事好きなのっ!」

「あーしだって茜ちんのこと……大好きだもん!」



 うえぇぇぇ。教室、入りたくねぇなぁ……。

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