第69話 「帰りたくない」を帰らせる強さ

 手繋ぎから腕くみ。更に腕抱きへとグレードアップした状態でシュークリーム屋に行くと、俺は自分のと千衣子の今食べる分と家に持って帰る分を買い、千衣子も家族にお土産を買った。


「ん~~~~っ! これ初めて食べましたけど、ホントにおいしいですねっ。大きくて味は濃いのに甘すぎないし、それにクリームがたっぷりです」

「だろ? あまり来ないんだけどここに来た時は絶対買うんだよ」

「わかります! 私も今度から買おっと♪」


 千衣子はかなりこのシュークリームが気に入ったみたいだな。良かった良かった。

 味の好みが合うのって結構大事だと思うんだよな。


「ん、おいしかったです! ご馳走様でしたぁ」


 千衣子は丸々一個を完食すると、自分の唇と指先に付いていたクリームをぺろっと舐める。


「あっ、深山くん? ここ、クリーム付いてますよ」

「ん?」


 千衣子はそう言うと俺の口の端を白い指でなぞり、そのままポケットからハンカチを出して後ろを向いた。

 そして少し経ってから俺の方を向くと、少しだけ赤い顔でこう言った。


「あ、ごめんなさい。指についたクリームをハンカチに拭いてたんです」


 ただ……


「千衣子? 唇にクリーム残ってるぞ? 確かさっきまでは無かったような……」

「……気のせいですよ?」

「いや、さっき舌でぺろっと──」

「気のせいなんですっ!」


 えっと……これはもしかしてあれかな? もしかしなくてもこっそりクリーム付いた指を舐めたのか?

 だとしたらこれ以上突っ込むのはやめといた方がいいな。変に追求すると、真っ赤っか千衣子になって喋らなくなってしまいそうだし。

 ってわけで、


「あ、はい」

「分かってくれればいいんです。はい、この話はおしまいですっ!」


 素直に返事をしておこう。うん、これでいいはず。満足そうに頷く千衣子のその姿を眺めた後、スマホで時間を確認すると既に午後五時を過ぎていた。

 本当はもう少し一緒にいたいけど、まだ付き合って浅い内からあんまり長く連れ回すのも気が引ける。

 相手の家族の印象的にもな。


「じゃあそろそろ帰ろうか?」

「え?」

「ん? どうした?」

「もう……帰るんですか?」


 やめて。そんな目で目尻の下がった目で見ないで。持って帰りたくなるから。


「いや……俺もまだ帰りたくはないんだけどな?」

「じゃあもっと一緒に……こんなに楽しいのは初めてなんです」


 ぐっ……。そう言われるとつらいっ!

 だけどここで感情のままに行動して、後から後悔するようなことにはしたくないんだよ。


「そりゃ俺だってすげぇ楽しいの。で、でもな? これからの事を考えるなら今日は帰ろう。ほら、俺も千衣子の家族にちゃんと信頼されたいしさ?」

「これからって?」

「ん? そりゃこれから先の事だけど?」

「いつまでですか?」

「え、それはえっと……ずっと? てか、いつまでとかあるの?」


 俺がそう当たり前の事を当たり前に答えると、千衣子はふにゃっと笑いながらまた俺の腕に抱きついてきた。


「──ずっとですか。……ふへっ。んんっ、わかりました。今日は帰りますね?」

「そのかわり家まで送るからな」

「はいっ♪」


 なんとか納得してくれたその後に一緒に駅に向かうと、俺達は千衣子の家の方に向かう電車に乗った。

 そして他愛のない話をしているうちに、あっという間に千衣子の家でもある【EAST CLOUD】の前に着く。


「もっと家が近くだったらいいのに……」

「まぁ、こればっかりはな?」

「ですよね。けど、もしそうだったら夜に窓から会いに行ったり出来たのになぁ~って、思ったりしちゃいます」

「また可愛い事を言う……。ほら、そろそろ暗くなってきたぞ」

「ですね。じゃあ……また」

「そうだな。あ、ちょっとこっち来て」


 俺はそう言って店内から死角になる所に千衣子をよぶ。


「どうしまっ──っ!」


 そしてキスをした。


「ん……んふぅ……ぷぁ。い、いきなりすぎますよぅ!」


 いや、いきなり度合いでは千衣子も負けてないとは思うんだが……。


「ははは! じゃあまたな」

「あっ……」

「ん? どした?」

「もう一回……して?」


 こんなお願いされて断れると思うか? 答えはNOだ。


「んふっ。深山くん? だぁ~いすき♪」

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