第50話 抵抗出来ない好意の暴走。もう一回……

 あれから無言で階段を上がって空き教室の中に入ると、千衣子は俺の腕から離れて俺の真正面にくるとギュッと抱きついて来た。顔は俺の胸元に埋められて顔は見えない。泣いてる訳では無さそうだけど……。


「ど、どうした?」

「もう……彼女実習生は終わりです」

「終わりって?」


 俺が聞き返すと、千衣子は顔を上げて俺の目を見る。顔はまだ赤いままだ。その状態で小さな口が開いた。


「教室に入ると噂が聞こえてきました。元々仲良く話す人もいなかったので直接言ってくる人はいませんでしたが、耳には入ってくるんです。けど別にそんな噂なんてどうでもいいんです。でも……」

「でも?」

「深山君の事が気になってる人がいるって声が聞こえてきたんです。それがとても嫌でした。深山君の彼女は私なんです。私が恥ずかしがって付き合ってること秘密にして欲しいって言ったのに……。それなのに誰にも深山君をとられたくないって思っちゃったんです。だからもう実習生じゃなくてちゃんと彼女として側にいたいと思って……ひゃっ!」


 その言葉に俺は千衣子を抱き締め返す。これってもしかしなくてもヤキモチだよな?

 不謹慎かもしれないけど、可愛くてしょうがない。


「そう言ってくれるのすっげぇ嬉しい」

「良かったです。だから……あの……」

「ん? なに?」

「これから彼女として、深山君の隣に堂々といれるように……恋人のキスをしてください。もう、許可なんて取らなくていいですから……」


 千衣子そう言うとメガネを外してポケットに入れると目を閉じた。

 そんなことしなくても堂々としてていいのに。

 けど、千衣子の中ではきっと必要なことなんだろう。

 だから俺は顔を近づける。

 何かあれば俺が絶対に守るって意志を込めて、唇を触れさせる。


「ん……」


 そして、この前のようなただ押し付けるだけのキスではなく、少し踏み込んで舌で千衣子の唇を押し開いて中に入る。


「んむっ!?」


 驚きながらも遠慮がちに千衣子も舌を俺の方に伸ばす。そして口の中で舌と舌が触れ合った。


「……んっ! ふぅ……ん」


 俺の背中に回された千衣子の手が強くなる。

 舌が触れたり離れたりする度にその手が俺の背中を強く掴む。

 唇が離れそうになると追いかけてきて俺の唇を甘噛みしてくる。

 しばらくそんな事を繰り返して、どちらともなく離れた。

 千衣子は力抜けしたのか、俺に胸を押し付けるように体を預けてくる。少し息切れしながら。


「はぁっ……んっ、はぁ……」

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫……ですぅ……」


 それから千衣子が落ち着くのを待ってなら弁当を食べ始めた。

 そしてその最中なんだが……会話がない。


 いや、お互い話そうとはするんだぜ?

 だけどいざ話そうとするとこうなるんだ。


「なぁ千衣子、そういえばさぁ……」

「はい、なんです……んんっ!」


 目が合うとすぐに下を向いてプルプルするんだよ。それからずっと下を向きっぱなし。

 試しに「キス」って小さく呟くと、千衣子が箸で掴んでいた卵焼きが飛んだ。それで更に赤くなる。可愛すぎかよ。

 抱き締めるの耐えた俺偉い。だって食事中は立ち歩いたらダメだって育てられてきたしな!


 だから俺はさっさと弁当を全て食べてから会話を続けた。


「彼女実習生終わりってことは、今度は何になるんだ?」

「こ、今度ですか? なんでしょうね……恋人一年生でしょうか?」

「彼女と恋人って何が違うんだ?」

「えっと……彼女って彼の女って書くじゃないですか? それだけだとなんか寂しいな? って思って……。だけど今はその……恋しちゃってる人なので……」

「んぐぅぅぅっ!!」

「ど、どうしました!?」


 なんなんだ!? 俺をどうしたいんだ!?

 悶え死ぬかと思ったんだが!?

 ちょっと待て。もしかしてこれからずっとこんな感じになるのか!?

 好きが限界突破するぞこれ。


「い、いや、なんでもない。ちょっと抱き締めたくなりすぎただけだ」

「抱きっ……!? えっとえっと……はいっ!」


 何を思ったのか、千衣子は椅子を引くと手を広げた。

 え、なにこれ? おいでってこと?

 あ、これダメだ。抗えないやつだ。


 ちなみに千衣子は座ったまんまなので俺は床に膝を付いて抱きつく感じになった。

 つまりどうなるかわかるか?

 俺の顔は千衣子の胸に埋まる事になるんだよ。

 だけどそんな事気にもしてないのか、なぜか俺の頭を抱きしめて、


「いつもは私が見上げているので、なんだか新鮮ですね?」


 なんて事を言ってくる。

 いや、俺はそれどころじゃないからな!?

 柔らかいわ温かいわいい匂いだわで理性保つので精一杯だっつーの!


「深山君」

「ん? どした?」


 突然名前を呼ばれて上を見上げる。

 すると俺の頬に千衣子の両手が添えられた。


「もう一回……キスしたくなっちゃいました」

「え?」


 俺の返事と共に唇に感じる柔らかい感触。

 結局、それから予鈴が鳴るまでの間、俺達の唇が離れる事は無かった。

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