第47話 届いた頬
その後、お互いに顔を赤くしながら食べたり飲んだりしていると徐々に客も増えてきた。
この店はランチの軽食もやってるみたいで、それ目的の人達だろう。
そうなると必然的に俺たちの席の近くにも客は来るわけで、横を通っていく客の中には千衣子を見て「うおっ、やべぇ可愛い」って言う男とか、「スタイルいいなぁ~」っていう女の人もいた。千衣子は気付いて無かったけどな。
ふふん。そうだろうそうだろう? 俺の彼女なんだぜ? ただし男はこっち見んな!
それにしても不思議だ。やっぱ他の人が見ても可愛いよな? それなのになんで学校ではあんな扱いなんだ? それがわからない。
確かに口数は少ないかもしれないが、話せばちゃんと返事は返ってくる。茜もそうだけど、メガネかけて前髪下ろしてるだけで印象が正反対になる意味がわからない。
かと言って千衣子に、学校でも今みたいな髪型や、メガネをコンタクトにしてみたら? とは言わない。それは今の千衣子を否定するようになるかもしれない。
いや、そこまで大袈裟なもんでも無いかもしれないが、千衣子がどう受け取るかが重要だ。
そんな事を言って、今のままの自分ではダメ、って思われたくもないしな。
実際、俺はどんな千衣子でも変わらずに好きだし愛おしいんだから。
「深山君? どうしました?」
「ん? いや、何でもない。ちょっと考え事」
「何かありました?」
ほら、こんな風にちょっとした事でも気にしてくれるんだ。俺はこの子にはずっと笑っていてもらいたい。
「いや、今日はキスの許可おりるかな? って」
「っ! だ、ダメですっ! 今日はダメっ! そんなことしたら家に帰った後が大変ですっ! 絶対帰ったらお母さん達に追求されちゃうもん……。そうしたらうっかり喋っちゃうかもしれないからダメっ! ですっ! イタッ!」
プリプリ怒りながら指でバツを作ってまで言われた。残念だけど可愛すぎるから我慢することにした。勢い余ったメガネにぶつかるとかどんだけ俺を悶えさせたいんだよ。
……にしても今の指バッテン姿、写真撮りたかったな。
◇◇◇
グラスの中身がなくなった頃、スマホを見ると昼を少し過ぎた時間になっていた。
千衣子のお母さんと約束したし、そろそろ帰らないと。いろいろセッティングしてくれた上で千衣子と出かけさせてもらったんだから、その信用を裏切る訳にはいかないしな。
「よし、そろそろ送っていくよ」
「え? あ、もうこんな時間ですか……。そうですね。行きましょうか」
伝票を持ってレジに行くと、丁度最初に案内してくれた店員さんがいた。何故かやたらとニコニコしているのが気になるが、接客業だからこんなもんだろう。って思っていた。
「あら、もう帰るの?」
「はい、ご馳走様でした。あのクッキー美味しかったです」
「でしょう? まぁ、ちこちゃんに食べさせて貰ったらそりゃ美味しいわよねぇ?」
「「……!」」
まじか。見られてたのかよ……。
一応周りは確認したつもりだったんだけどなぁ。これはさすがに俺も恥ずい。
そこで横を見ると──あぁやっぱり。
千衣子は口をポカンと開き、ワンピースの裾を握り締めながらカタカタ震えている。例の如く顔は耳まで赤く、なんならちょっと目も潤んでいた。
「ま、また来ます……」
俺達はそれしか言えず、逃げるように店から出てきた。ちなみに千衣子はまだ少し放心状態。それでも俺の指はしっかりと握っている。そして、少し歩くとだんだん回復してきたのか、やっと話し始めた。
「うぅ……見られてたなんて……」
「ホントにな。さすがに俺もびっくりしたや」
「びっくりどころじゃないですよぅ。これ絶対にお母さんに伝わってるもん……。絶対帰ったら聞かれるもん……」
「彼女実習生だ! って言ってみるとかは?」
「それでなんとかなります?」
「…………」
「何か言ってくださいよぉ!」
ごめん。なんともならんと思う。これはもう頑張れ! としか言いようがないなぁ。
っと、そんな会話をしているうちにもう目の前は美容院。何故か扉には【CLOSE】の看板がかかっていた。
「着いたな。ちゃんとお母さんにお礼言ってから帰らないと。店閉まってるっぽいけど、入れるんかな?」
「あ、大丈夫ですよ? さっきメールが来て、少しの間だけ店を閉めて二人で買い出しついでに芽衣子お姉ちゃんの迎えと、お父さんにお弁当届けに行ってくるそうです。だから今度でいいと思いますよ?」
「今度? また来てもいいってこと?」
「あ……えと、はい……」
よっしゃ! 今度からはここで髪切ろっと!
多分だけど、千衣子の家族に割りと好意的に思って貰えてるみたいだし。良かった良かった。
「今度からは連絡入れてから来るよ。じゃあ、俺はそろそろ帰るかな。お母さんとお姉さんに『ありがとうございました。また後でお礼を言いに来ます』って伝えといて。また来週な?」
……ん? 返事がない。
返事がないどころか何故か周りをキョロキョロして、更には美容院内も覗き、いきなりしゃがみこんだかと思うと──
「えぃっ!」
と、小さく言いながら俺の靴紐をほどいた。しかも結び直すわけでもなく、しゃがんだままで動こうともしない。
「ちょっ!? いきなりなんで!?」
俺は千衣子の謎の行動によって解かれた靴紐を結ぶためにしゃがみこみ、紐を手に取った瞬間、視界に少しの影と共に頬に伝わる柔らかい感触があった。
──え? 今……え? 千衣子さん? ……俺の頬にキスした!? ちょっと待った。予想外過ぎて声が出ないんだけど!
「きょ、今日は届きました……」
「へ?」
「リ、リベンジですっ!」
「リベンジって……」
ああ! あれか? この前の頬にキスしようとして届かなかった時の事か!
その為に届くように俺の靴紐を?
いや、もうなんなの? 想像も出来ない事ばかりしてきて、俺をどうしたいんだ!?
「か、彼女実習生の実地研修です……。あの……今日は楽しかったです。それじゃあ……また」
そう言うと千衣子は鍵を片手に店の裏手に向かって歩いていった。
奥手なんだか大胆なんだか……。
あぁもう……! 好きだぁぁぁぁ!!
そしてその後ろ姿が消えた時、
「あらぁ。あの子がねぇ……。ふふ、これからもよろしくね?」
「いいもの見ちゃった! 深山君、また遊びに来てねぇ~♪ 今度もあの子も連れてきてね?」
二階の窓から千衣子のお母さんと縁さんがそう声をかけてきた。
んなっ!? まじかよ……。ここでも見られてるとか……。
どんな反応したらいいのかわからないから、とりあえず今日のお礼を言おうとしたら二人とも口元に人差し指を当てていた。
気付かれるから喋るなってことか。了解。
俺がそれに頷くと二人とも手を振ってきたから、お辞儀だけしてその場から歩き出した。
そして、少し進んだ辺りで後ろの方から、
「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
千衣子の叫ぶ声が聞こえた。
あ、覗いてたのバレたのか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます