第46話 可愛く見せたい
いや、ホントに言葉が出ないって事あるんだな。何かを言いたくて口は開くんだけど開くだけ。頭の中が可愛いで埋め尽くされてる感じだ。
「あの……えっと……あんまりそんなに見られてるとその……み、深山君もカッコイイですよ?」
「お、おう……」
何? 何なの? 顔を覆っていた手をちょっと下げて目だけを出してそんな事言うとか俺をどうしたいんだ!?
しかもそのポーズだと、腕で胸を両脇から押してるからムギュ! ってなってんだけど!? 薄手のワンピースだから余計に目立つんですけど!?
あっ、これ抱きしめちゃっていいかな? いいよね? よし、抱きしめよう。キスは許可が下りるかな? ダメだったらどうしよう。そしたら俺は泣くかもしれん。
「深山くん? ちいちゃんに釘付けな所悪いんだけど、お会計お願いできるかな? ちいちゃんも、隣にお母さんいるの忘れてない?」
「…………! ひぃやぁぁぁぁぁっ!」
指摘された千衣子が首元まで赤く染めながらしゃがみこむ。
あぁぁぁぁぁっ! そうだった! 千衣子の家族がいたんだったぁぁぁ!
あっぶねぇ。目の前で抱きつくとかありえねぇだろ。助かったぁ……。
「なるほどねぇ。芽衣子の言ってた事はこの事だったのね……」
「え? 芽衣子さんって真ん中のお姉さんですよね? あの人、なんか言ってたんですか?」
あの人一体何言ったんだ? 不安しかねぇぞ。
「うわっ、びっくりした! 小さく呟いたつもりだったけど、聞こえてたの?」
「はい。わりとちゃんと」
「君は鈍感系主人公には向いてないねぇ」
「あぁ、あの類の主人公ってありえないですよね。耳掃除してないんじゃないすか?」
いや、ホントにありえないよな。花火が上がってたとしても隣なら普通に聞こえるもの。
「あははははは! 面白いね! そういう子、私は好きよ?」
「縁お姉ちゃんっ!?」
お姉さんの言葉にすぐに反応する千衣子。これってあれだよな? 多分ヤキモチ的なやつだよな? やべぇ、ニヤけそう。
「ちいちゃん? そんな焦らなくてもいいってば。あくまで人柄が……って事よ? あ、深山くん。料金は割引券使って──コレね」
「あ、はい」
……うわ、やっすっ!! いつも行ってる所の四分の一じゃん! 浮いた金で服でも買うかな? せっかく電車乗ってきたんだし、すぐ帰るのもな。
本当は着飾った千衣子を眺めてたいけど、流石にそれは家族に迷惑だろう。楽しみは今度だ。
「ありがとうございました。えっと……じゃあ千衣子。また、学校でな? 後でメッセ送るから」
「あ、はい。また」
そんなやり取りをして店を出ようとすると、千衣子のお母さんから声がかかった。
「あら、帰っちゃうのかしら?」
「え?」
「お母さんっ!?」
俺も千衣子もこれには驚く。
帰る以外に何をしろと? 抱きしめてもいいんですか? あ、それは流石にしないけども。
「せっかくこの子に可愛い格好させたんだもの。このまま家にいても……ねぇ?」
あ、なるほど。察した。そういう事ね。
にしてもそんな事言ってくるって事は、俺は彼氏として認められたって事でいいんだよな?
そのつもりで言うぞ?
「千衣子、せっかくだしさ? 少し一緒に外出ないか?」
「へ? え、そ、それって……」
「そ、デートに誘ってるんだけど? ……えっと、千衣子のお母さんにお姉さん。昼までの間、時間貰ってもいいですか?」
「デ、デート!?」
千衣子はびっくりしてるけど、他の二人は──
「いいよ~! 行ってらっしゃい♪」
「もちろん。その為に準備したんだもの。店を出て左に少し歩けばいい感じのカフェがあるから、そこに行ってみたらどうかしら? 千衣子はそこのミルクティーが好きなのよ。ちなみに深山君はコーヒー好き?」
「そうします! コーヒーはブラックじゃ無ければ飲めますね」
「そう。なら良かったわ」
「え? えっ!?」
よし、許可はおりた。俺は千衣子に手伸ばす。
「じゃあ、行こっか?」
「あの……えっと……」
「イヤ?」
「イ、イヤじゃ……ないです……」
そう言うと、今日は小指と薬指を握ってきた。
あ、握ってくる指が一本増えたな。
そしてそのまま千衣子の手を引いて店を出た。
「えっと、確かお母さんが左って言ってたよな」
「……」
「こっちか」
「…………」
千衣子の歩幅に合わせて少しゆっくり歩く。
店を出てから一言も発しないけど、俺の指はしっかり二本握られている。
「千衣子?」
「も………無理………恥ずかし過ぎて……無理です……。顔、見れない……」
空いてる手で目を覆ってるのはそのせいか。
けどそのままでこの石畳の上を歩くのは──
「きゃっ」
「よっ! っと」
ほら危ない。
つまづいてよろめく千衣子の肩を俺の空いてる手で押さえる。
間違っても胸を押さえたりしない。腰回りか肩を押さえた方がこっちも支えやすいしな。
「目は隠さない方がいいぞ? 転ぶから」
「ふぁぁ……顔ちかいぃ……」
た、確かに近いな。まあ、正面から押さえたからしょうがないんだけど。
つーか、あれ? ちょっと化粧品もしてる?
唇がいつもよりツヤツヤのプルプルになってる。目のまわりにも薄くだけどラインが少し入ってる気がする。いつも下ろしてる前髪がサイドに流れているから近くで見るとよくわかる。
「化粧もしてるんだな……」
「あ、あぅあぅあ~」
いや、言葉になってないから。可愛いけど。
つーか千衣子のお母さん準備良すぎない!? もしかして……
「そう言えばお母さんと二人でいなくなる時になんて言われてたの? 何かを言われて頷いてる千衣子が目に入ってさ。ちょっと気になってたんだよね」
「あの……か、彼氏に可愛い姿見せたいでしょ? って言われて……その……」
「言われて?」
「うん……。って……」
はい優勝。え、この子? 俺の彼女なんだよ。
可愛すぎかよぉぉぉぉぉぉ!! って叫びたい。
まぁ待て。これはまずい。早くカフェに行って落ち着かないとまずい。落ち着け落ち着け……。
そしてやっとカフェに到着。
やっと落ち着ける──って思ったら、カフェの店員さんが来てこう言った。
「ちこちゃん待ってたよん♪ さっきちこちゃんのお母さんから連絡来てね、「ウチの娘が彼氏連れていくからサービスしてあげて」だって! 」
「お母さん何してるの……」
「ほらこっちの席おいで。もう用意してあるから」
用意? どういう事だ?
案内されるままに着いていくと、テーブルの上にはコーヒーとミルクティー。パンケーキとチョコクッキーが置いてあった。
あぁ、なるほど。お母さんが俺にコーヒー好きか聞いたのはこういうことだったのか。
きっとあれからすぐに電話でもして、このサプライズなんだろう。ありがたいな。後でちゃんとお礼言わないと。
しかしなんだろうな? この外堀が埋まっていく感じは。まぁ、いいんだけどさ。
席についた俺達はまず、喉を潤した。汗をかいたわけでもないのに喉がカラカラだったからな。
すると千衣子も少し落ち着いたみたいで、クッキーに手を伸ばした。
「ここのクッキーとパンケーキおいしいんですよ? 月に一度は来てるんです♪」
「ん、そうなの? 食べてみよっかな………ちなみに食べさせてくれたりする?」
「い、一枚だけなら……」
「やった!」
俺は口を開けて待つ。しかし、一向にあーんとか聞こえない。やっぱり恥ずかしくなって無理だったか? そう思って一度口を閉じると、口の中にクッキーの感触と一緒に何か柔らかい物も一瞬だけ咥えてしまった。
「ひゃんっ!」
「あ、あれ? 俺、もしかして今、千衣子の指も一緒に?」
「ど、どのタイミングでクッキーから手を離せばいいのかわからなくって……」
それからクッキーを食べる度に意識してしまったのは言うまでもない。
あと千衣子さん? 自分の口に運ぶ時に毎回止まるのはなんでなんだ? それに、さっき俺がちょっと余所見した時に俺が間違って咥えた部分も一緒に口に入れて、それで顔が赤くなるのは反則じゃないですかね?
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