第39話 弾け飛ぶボタン

「あ、あぁ……。聞こえてるよ」

「良かったです。まだ使い方がちょっとわからなくて……」


 千衣子の声と共に俺のスマホの画面に映ったのは、ベッドの上で洗濯物を畳んでいる途中らしき千衣子の姿。画面の端には畳む前の服や、下着なんかも見えた。ちなみに薄紫と水色と黄色が見えた。

 スマホと千衣子の距離が少し空いてるから、おそらくワイヤレスイヤホンを使っているんだろう。


 ってそうじゃないっ!

 これ絶対ビデオ通話になってんの気付いてないだろ! じゃなかったらこんな格好してるわけないもんな。


 ちなみにどんな格好かと言うと、下は白のモコモコとした太ももの辺りまでの短パン。白く細い生足が輝いている。

 上は、下と同じ白のモコモコで、前をボタンで止めるタイプの物なんだが、少し小さいのかボタンは上から三つ程外れている。その為、視界に飛び込んでくる肌色成分が非常に多い。


「うんしょ」


 そして今、おそらくスタンドか何かに立てかけているスマホに向かって正面を向き、ペタンと座って両手を前についた。

 そのせいなのか、こう……ね? 谷間ががっつりと映っている訳で……。しかも腕で両側から挟まれて更に強調されているという……。

 いや、ほんとに大きいな。制服着ててもわかるくらいだから結構あるとは思っていたけど、予想以上だ。

 そしてメガネを掛けておらず、いつもお下げにしている髪は真っ直ぐ下ろしている。

 ヤバい。まじで可愛すぎる。

 ぶっちゃけて言えばずっと見ていたい。けど、後で気付かれて嫌われるのも嫌だ。

 だから俺はしっかりと脳内に焼き付けてから教える事にした。


「千衣子? あ、あのさ……」

「はい? どうしたんですか?」

「えっと、落ち着いて聞けよ? 今さ、ビデオ通話通話になってるんだけど……」

「………え?」

「今白いモコモコ着てるよな? それが俺のスマホに映ってるんだが……」


 俺がそう言うと、画面の向こうの千衣子は自分の体を見下ろすと、横に手を伸ばして何かを手に取る。メガネだ。彼女はそれをかけると真っ直ぐにスマホの画面を見て──


「ひゃあぁぁ!」


 と、小さく叫ぶとすぐにボタンを上まで閉めた。あぁ、閉ざされてしまったか。

 すると今度は後ろを振り向き、ベッドの上に置いていた洗濯物をかき集めた。


「やぁぁ! 洗濯物もうつってる! ふぇっ! 下着もっ!? もぅやだぁぁぁぁ!」


 なんか凄いバタバタしてるけど、先にただの通話に切り替えれば早いんじゃないかなぁ……。


 そんな事を思っていると、洗濯物を抱えてカメラの視界から消えて行った千衣子が戻ってきた。


「ふぇぇぇん! まだうつってるしぃ! コレどうすればいいのぉぉぉ!? これ? あ、違う! それならこっち? うぅ、これも違うぅぅ……」


 おそらく嘆きながら四つん這いでスタンドに立てたままのスマホをいじっているのだろう。千衣子の顔は映らず、時々タップしようとしている指がうつる。それ以外の時は、ずっと胸が映っている。

 そしてずっと揺れている。もしかして……いや、もしかしなくても付けてないのか!!

 つーか、ボタンが凄い引っ張られてるけど、それ絶対サイズあってないだろ! ボタンとボタンの隙間から肌がチラチラ見えてんだけど!


「千衣子落ち着けって! 元の画面に戻って、音声通話って所をタップすればなおるから!」

「元の画面がわからないんですぅ~~」


 そこからかよ!

 俺はなんとか理性と戦いながら一から説明する。だけどテンパってる千衣子には中々上手く伝わらない。

 その時だ。


 小さく、プチッて音がした。

 それと同時に再び千衣子の谷間が姿を表す。モコモコパジャマが千衣子の胸の圧に耐えきれず、ボタンが一個外れたのだ。


「「あっ……」」


 訪れる沈黙。動きが止まる千衣子。

 やがて──


「もうやだぁぁぁっ!」


 彼女が胸元を腕で隠したかと思うと俺の画面は真っ暗になり、すぐに通話が切れた。

 俺はすぐに、


『えっと……大丈夫?』


 ってメッセを送る。それから約五分後。

 俺のスマホが、【アプリ通話着信 東雲 千衣子】って表示と一緒に震えた。


「はい」

「……大丈夫じゃないです……」


 今度はちゃんとただの音声通話だ。

 てか、凹んでるなぁ~~。


「えっと……綺麗だったぞ?」

「な、ななな! なんて事言うんですかっ! そこは見てないから大丈夫とか言う所じゃないんですか!?」

「いや、好きな子のが見れるのは嬉しいからそこで嘘はつかない」


 嘘ついてもすぐバレるから! それに、綺麗だったのもホントだしな。


「す、好きなっ!? あっ……えっと……はいぃ……」


 よし、なんとか話題を逸らそう!


「今度は上手く通話だけに出来たな。今は何してるの?」

「さ、さっき避けた洗濯物をまた畳みなおしてます……」

「あぁ……。あの薄紫の……」

「しっかり見てるじゃないですかぁ……。ふぇん……。初日から私、変なところばっかり見られてホント……呆れてますよね?」


 そんな事ないのに。


「呆れる事なんてないって。つーかさ、気になってる事が一つあるんだけどいい?」

「はい、なんですか?」

「俺ら、話すようになってからそんなに時間たってないじゃん? まぁ、俺はぶっちゃけるとほとんど一目惚れから始まった感じだったんだけどさ。けど、千衣子は前にはぐらかしながら俺が目立つとか言ってたじゃん? 目立つような事、何してたっけ?」


 そう。そこがちょっと気になってたんだ。あの時は勢いではぐらかされたけど、ハッキリ「深山君は目立つ……」みたいな事言ってたもんな。そんなに騒いだ記憶もないんだが……。


「うっ……。ホントに私が言ったこと覚えてるなんて……」

「とーぜん!」

「うぅ……わかりました。言います。言いますけど……恥ずかしいので、笑わないでくださいね?」

「わかった! 笑わない!」

「実は私も、一目惚れまではいかなくてもそれに近い感じだったんです。あれは……三週間くらい前の休日だったと思います……」



 そこから千衣子の口から語られたものは、笑うどころか俺が恥ずかしさで悶える話だった。

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