第35話 届かない頬

 千衣子と指繋ぎをしながら歩いて数分。とりあえずの目的の高台の公園に着いた。

 着いたはいいんだけど……


「先輩っ! なんで俺と付き合ってくれないんですか!? カッコイイって言ってくれたじゃないですか!?」

「えーだって和野くんおっぱいしか見てないんだもん。むりー」

「そんなっ!? だってそんな立派な物を見ない方がむしろ失礼ではっ!?」

「友達が和野くんは顔はいいんだけどねーって言ってたのはこの事だったのね……」


 和野が錯乱してた。あ、いつものことか。

 それにしてもせっかく来たのに、今のあいつに見つかったら面倒くさくなること間違いなしだな。景色見ながらいい感じになってもう一回キス……とか考えてた罰が当たったか?


「あの人、深山君の友達ですよね?」

「うん、一応。ここにはまた今度こよっか? フラれた後のアイツ、ちょっとめんどいし」

「あ、えっと……はい。そうです……ね」


 ん? 少し顔色くもった?

 あー、もしかして……


「ちなみに付き合ってることを知られたくないとか考えてないからね? むしろ自慢したいくらいだし」

「ふぇっ、い、いきなりなんですか!?」

「いや、なんか落ち込んだような気がしたから、「私と付き合ってること事なんて他の人に……」とか考えてるのかな? って思って」


 告白した時も自分を卑下する様な事言ってたしな。


「うぅ……実はちょっと思っちゃいました……。なんでわかるんですか?」

「見てるから」

「え?」

「千衣子の事見てるからなんとなく。俺に話してくれた事も覚えてるし」

「あ、あの……えぇ? ちょ、ちょっと待ってください……。あの、それ……うぅ~顔が熱いぃぃ~」


 う~ん。さすがにちょっとキザ過ぎただろうか? すっかり俯いて顔を見せてくれなくなってしまった。耳は真っ赤だけど。


「じゃあ見つかる前に行こうか」

「は、はいぃ」


 俺は駅への道に戻るために歩き出す。

 さっきより距離が近くなったような気がするのは気のせいかな? 触れてるのが指だけだったのが、腕も時々触れ合う事が増えてきた。


 公園から少し離れてから俺は、昨日からずっと気になってた事を聞いてみる事にした。


「そういえばさ、昨日の帰りに渡してくれた冊子に書いてあった【順序は守ってください】って、あれは何だったの? 俺はてっきりキスの前には告白だろ? って意味かと思ってたんだけど」

「ち、違いますよっ! た、確かにそれもそうだとは思いますけど、アレは作業手順の事です!」


 東雲さんが顔を赤くしてそんなことを言う。俺の小指を握っていた手に更に力が入ったのか、ちと痛い。


「そかそか、まぁ普通に考えればそうだよなぁ。……ってそれもそうだと思うって事は、やっぱりちょっとは思ってたんだ?」

「そ、それは……いきなりでしたしちょっとは……でもさっきイヤじゃなかったってちゃんと言ったじゃないですかぁ! あんまり言うともう許可だしませんよ?」


 なんかプリプリ怒ってる。いや、怒ってる感じでそんな事を言ってくる。可愛い。だきしめたい。けど我慢。


「許可出ないのは困るなぁ。キス、もっとしたいし」

「ふわっ!? も、もっとって……それは私の心臓がもたないですよぅ……」

「それは残念。あっ、あの建物の脇を抜けたら駅まですぐだから、そろそろ手を離そうか」


 本当はずっと繋いでたいけどな。約束だし。


「え、もうですか……。そう……ですね」

「話してるとあっという間だったな」

「はい、いつもの道より早く感じるくらいでした」



 千衣子はそう言うと、俺の小指から自分の手を離して──また握ってきた。

 ここはもうさっき言った建物の影。駅までもうすぐだ。


「千衣子?」

「…………」


 俺達は足を止めて向き合う感じになる。

 声をかけたけど返事も無く、何故か周りをキョロキョロしている。

 すると、いきなり背伸びをして近づいてきた。

 俺の顔のすぐ近くまで来ると、「あっ」と言って、踵が地面につく。

 その顔はそれはもう真っ赤で、なぜかアワアワと慌てていた。


「と、届かないっ……」


 更にそんな声も聞こえる。

 えっと……もしかして……。


「俺の勘違いじゃなかったらなんだけど……。もしかして頬にキス……しようとしてくれたり?」

「ひぅっ! ……あ、あのっ! 違うんです! 私が、読んでる本にですね? ね? そういうシーンがあってですね? ちょっと憧れてたと言うかその……まさか届かないなんて思わなくて……は、恥ずかしすぎるぅ……」

「えっと……千衣子? 落ち着いて?」

「ち、違うんです! あ、違くもないんですけとこれは違くて……その……えっと! きょ、今日は送ってくれてホントにありがとうございました! さよならっ!」

「あっ、ちょっ!」


 ペコッ! と頭を下げると千衣子は建物の影から抜けて駅に向かって走って行ってしまった。


「あーもうっ! 可愛すぎかよっ!」


 オレは思わず叫んでしまう。

 頬にキスしようとして届かないとかそんなんあり? 可愛すぎて悶えるわ!

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