番外編 ポッ〇ーの日SS

 あれ? 俺何してたっけ?

 つーかここは……いつもの花壇か。

 あ、そっか。また鉢への入れ替えの作業してたんだったな。そうだそうだ。すぐ隣に東雲さんもいるしな! ってなんか距離近くない? ちょっと動けば肩がぶつかりそうなんだけど!?


「深山君? どうしたんですか?」

「あ、東雲さん。いや、たいしたことじゃないよ。自分が今何してたかわかんなくなっただけだから」

「ボケました?」


 はっはっは……辛辣だなっ!


「んな馬鹿な」

「だって変ですよ? 私の事【東雲さん】って呼んでるじゃないですか」

「え? いつもだろ?」


 俺がそう言うと東雲さんは俺を上目遣いに睨んで頬をプクゥと膨らませた。え、可愛い。写真撮っていい?


「違いますよ。あの日から私の事は……えっと……その……」


 いい切る前に東雲さんの声がどんどん小さくなり、顔が真っ赤になっていく。

 え、ちょっと待った。何この甘酸っぱい雰囲気。俺何したの!? 全然記憶にないんだけど!

 すると東雲さんは自分の顔を隠すように俺の肩におでこをくっつけると、俺にだけ聞こえる様な声でボソッと言った。


「【ちい】って呼んでくれてるじゃないですかぁ……。恋人同士なんだから、今更【東雲さん】は淋しいです……」


 ……。

 …………。

 ごふっ!

 ちょっと待った。なんだこれ。なんだこれぇぇぇ!? どうなってんの!? 俺達いつの間に付き合ってたの!? そしてこの拗ねてる東雲さん可愛すぎるんだけどどうしよう。付き合ってるなら抱きしめちゃってもいいよね? ってまだ付き合ってねぇわ!


 おーけー、一回整理しよう。

 俺の記憶だと俺と東雲さんは付き合ってないはず。告白すらまだだ。

 なのに東雲さんは俺達が恋人同士って言ってる。これがおかしい。

 そうだ、そもそもなんで俺はこの花壇の所に来てるんだ? どうやって来たか覚えてないぞ?


 ……あぁ、なるほど。わかった。これは夢だ。そうじゃなきゃおかしい。この、夢だって自覚する夢ってなんて言ったっけ? 確か明晰夢だっけ? 多分それだな。

 よし解決。そうか。夢か……。うん、夢ならしょうがないな。


「深山君? どうしました?」

「え、あ、なんでもないなんでもない。そうだったな。そう呼んでたもんな」

「はい。それで……呼んでくれないんですか?」


 呼べと!? いや、そうか。この東雲さんの中では俺はいつもそう呼んでるから普通の事なのか。わかった。呼ぶよ。呼びます。


「ごめんな、ちい」

「はい、許してあげます♪」


 あぁぁぁぁぁぁ! 恥ずかしいぃぃぃぃ!!

 夢の中の俺ホント何してんの!?

 そして顔上げて微笑む東雲さんが可愛すぎてヤバい。ほんとヤバい。


 俺がそんな事を考えながら悶えていると、東雲さんが鞄をゴソゴソし始めた。


「深山君知ってました?」

「ん? 何を?」


 俺は表面上は冷静さを保ちながら応える。


「今日はポッ〇ーの日なんですよ?」

「そういやそんな日もあったなぁ」

「なので今日買ってきたんです。じゃんっ」


 そう言ってカバンからポッ〇ーを出す東雲さん。


「準備がいいな」

「はい。い、一緒に食べようと思ってましたから……」


 ん? なんでそこで赤くなる?


「ありがとな。じゃあ休憩がてら食べよっか?」

「ひ、ひゃいっ! えっと……そ、それでは準備するので待っててください」


 そう言うと東雲さんは後ろを向いてしまった。

 ん? 準備? ポッ〇ー食うのに準備とかあんの? 儀式とか? そんなの聞いた事ないんだけど。


 すると東雲さんはポッ〇ーを一本だけ手に持って振り向きこう言った。


「えと、あのっ! ちゃんと……最後まで食べて下さい……ね? しょ……しょうくん?」


 そしてそのまま手にしていたポッ〇ーを自分の口に咥えると、俺の顔を見上げて目を瞑った。


 ………これはあれか? 一本を二人で両端から食べるってやつですか?

 しかも最後までって。

 それってつまり……唇と唇が触れるまでってことですよねぇぇぇ!? え、いいの!?

 つまりはキスしちゃうって事なんだけど!?

 いや、いいのか。付き合ってんだもんな。

 つーか【しょうくん】って!!

 なんでこれが夢なんだよっ! ……夢?

 そうか、夢の中のキスならノーカンだよな?

 よし、それでは最後まで食べさせて頂きます!


 気合いを入れて東雲さんを見る。

 俺の膝に両手を置き、目を閉じて俺を見上げている。そして咥えたポッ〇ーの先にはピンク色の艶やかな唇がある。恥ずかしいのか、顔は真っ赤になり少しプルプル震えているのが可愛くて仕方がない。

 ……よし、行くぞ。最後まで食べるぞ。

 そう思って顔を近づけ、口を開いた瞬間……。


「あははははははは! なんでそんな所で青春しているんだい? そこのボーイアンドガールズは! ずるいっ!」

「「えっ!?」」


 いきなり聞こえた声に驚いて俺と東雲さんで辺りを見回すけど姿が見えない。どこだ!?


「こっちだよ! 上を見たまえ!」


 言われるままに上を見上げると、近くの木の枝に誰が立っていた。ってあの人って……


「お姉ちゃん!?」


 そう、東雲さんの姉ちゃんの芽依子先輩だ。

 つーかなんでそんな所に? 後、パンツ見えてます。白で赤いリボンがたくさんついてるやつが。大人っぽいイメージあったけど、割りと可愛いのが好きなんすね。


「なんでそんな所に? って思っただろう? 教えてあげよう! 実は二人を脅かそうと思ってしばらく前から隠れてたんだ! だけどタイミングを失って見ていたら、二人がチュッチュしようとしてるじゃないか! 羨ましいから邪魔してやった! 後、降りれないからたすけてっ!」


 ホントにこの人は……。

 俺は倉庫から脚立を出して木に立てかけてやると、先輩はプルプル震えながら降りてきた。いや、どうやって登ったんだよ……。


「ありがとう。助かったよ。これは君に恩が出来てしまったな。さて……ちいちゃぁぁん! ちいちゃんの彼氏の深山君がお姉ちゃんの可愛いパンツを見たよぉぉ! どうする!? ねぇどうする!?」

「しょうくん……」

「あぁ、確かに見えたけど別にどーでもいいっす。興味ないんで」

「……ちいちゃん。お姉ちゃんの女としての自信は打ち砕かれて粉になって空に舞いそうだよ。泣いていい?」


 秒で恩を仇で返す奴が何を言う。


「それで、お姉ちゃんはなんで邪魔しにきたの? せっかく……」

「ははは! そんなの嫉妬に決まってるじゃないか! こんなに美人な私に男っ気が全然無いのにイチャイチャしてるのが悪いっ! それにポッ〇ーを一本だけなんて甘いぞちいちゃん! 私は一気に十本だ! なんなら胸に挟んだっていい!」


 先輩はそう言うとホントに口に十本咥え、ブラウスのボタンを三個ほど外すと谷間にも十本挟んだ。

 いや、何してんのこの人。ブラ見えてんじゃん。つーかブラもリボンたくさんだな。案外少女趣味なのか?


「ふぉぅが(ほぅら)! ふぅごふぃだほぉう(すごいだろう)!」


 い、色気が全く感じられねぇ……。


 そんな先輩の姿に俺が呆然としていると、東雲さんがいきなり目の前に来た。


「しょうくん、お姉ちゃんばっかり見ないで私の事だけ見てください。私にはお姉ちゃんみたいな事は恥ずかしくてできないけど、これくらいなら出来るんですから!」


 東雲さんはそう言うと、俺の頬を両手で挟む。

 そしてゆっくりと俺の唇に東雲さんの唇が……。




『深山君!』


 体がビクッとなる。それと同時に頬杖をついていた手がズレて首もガクンとなる。あれ?


「深山君、今寝てました?」


 ぼやけた視線の先にはペンを持った東雲さん。

 あ、やべ。思いっきり寝てたわ。委員会の作業中だったわ。


「はぁ……。やっぱり寝てましたね。道理で手が止まってると思いました。二人しかいないんですからちゃんとやって下さい」


 怒られた。まぁ寝てた俺が悪いもんな。謝らないと……。


「あ~悪い。昨日ちょっと遅くまで起きててさ。ごめんな、【ちい】」

「!?」


 あれ? 俺今なんつった? あれ?


「み、深山君……。それはちょっと……まだ……その……バカ」


 西日が入る空き教室。

 そっぽ向いた東雲さんの頬は、夕日で赤く染まっていた。

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