第10話 触れ合う手と手でドッキドキ

「あ、あの、ほんとに茜君?」

「え? そうだよ? おかしいよね。ちょっと変わっただけで誰も僕だって気づかないなんて」

「おかしくないよっ! だって……茜君すっごくカッコ良くなったよぉ? これほーんと♪」


 ……誰だこいつ。語尾を上げて喋るな。吐きそう。


「ほんと? ありがとね、香帆ちゃん」

「ふぐぅっ!」

「どうしたの? 大丈夫?」

「だ、大丈夫……ちょ、ちょっとしょう兄ちゃん」

「……なんだよ」

「ヤバい」

「お前がな」


 いや、ほんとに勘弁してくれ。なんだその甘ったるい声は。今まで聞いた事ねぇぞ?

 ちょっと誰かビニール袋持ってきてぇー!


「ね、ねぇ……茜君って何が好きなのかな? 話す話題ないんだけど、趣味とか知ってる?」


 おぉ? 茜の趣味か!? 知ってるぞ! 茜は練る消しアートがすげぇぞ! 授業中に丸々一個削り倒して、そのカスで怪獣とか作ってんだからな!

 それに、それ使って机の穴の修理させたらどこに穴があったかわからないくらいだからな!

 どうよ? すげぇだろ?


「知らんなぁ……」

「それでも親友? 役にたたないんだから……」


 あっはっは! 親友だからお前に話したくないんだよこの野郎。


「あ、香帆ちゃんの中学こっちでしょ? 僕達はあっちの道だからじゃあね」

「あぁっ! もうここまで来ちゃったの!? ざーんねん。もっと茜君と話したかったのに……」

「また今度ね」

「っ! うん! また今度!」


 香帆はそう言うと、自分が通う中学の方に向かって歩いて行った。

 朝からどっと疲れた……。精神的に。


「良かったぁ」

「ん? 何がだ?」

「ほら僕、てっきり香帆ちゃんに嫌われてるかと思ってたんだ。けどそんな事なさそうだね」

「あーうん。そうだなぁ……」


 今は完全に恋する乙女まっしぐらだもんなぁ……。今はってか今朝からだが。

 ただ、昨日まではお前の事を陰キャ呼びしてたんだぜ? これを言うべきか言わないべきか……。


 そんなことを悩みながら歩いていると、前の方に見覚えのあるお下げが見えた。

 あれ? もしかして?


「茜、ちょっと悪い」


 俺は茜に一言告げてそのお下げの子に近づく。


「おっはよ、東雲さん」

「ひぅっ! ……深山君? お、おはようございます」

「昨日はゴメンね。今日の放課後もよろしく」

「あ、はい。えっと……」


 東雲さんが言いよどみながら俺の後ろに視線を送る。その視線の先には茜がいた。


「あぁ、あいつは俺の友達。幼なじみで一緒に来てんだよ。んで、今は東雲さんを見付けたから朝の挨拶に来てみたってわけ」


 クラス違うから中々接点が無いしな。


「そう……ですか」

「そうなんです。つーわけで挨拶もしたし戻るわ」


 引き際が肝心ってね。

 けど、戻ろうとした俺に声がかかる。


「あ、あのっ!」

「ん? どしたの?」

「これ……」


 そう言って東雲さんが鞄から出したのはビニール手袋。新品らしく、袋に入ったままだ。


「あ、これ俺の? わざわざ買って来てくれたの? ゴメン、今払うわ。いくらだった?」


 俺が財布を取り出しながら言うと、その手を東雲さんの白く細い指が押さえた。少しひんやりしてるけど柔らかい感触。瞬間、心臓がドンッと跳ねた気がした。


「えと、お金は大丈夫です。活動費からちゃんと出るので……」

「そ、そっか……」

「はい……」

「えっと……東雲さん? この手なんだけど……」

「え? ……あっあっ! ご、ごめんなさいっ!」


 俺がそう言うと、一瞬で離れてしまった。なんか……ちょっと残念。


「いや、謝らなくても……。あ~えっと……じゃあ、俺は友達の所戻るね?」

「はい。また、放課後に……」

「絶対行くから」

「あっ……」


 そうして茜の所に戻ろうと後ろを振り向くと、そこにはいるべき茜の姿が無かった。


「しょ、翔平~」


 声がする方に顔を向けると、クラスのパリピ女子に囲まれた茜がいた。


「茜ち~ん、ガッコ一緒に行こうよぉ~」

「いや、僕は……」

「いいじゃんいいじゃん♪」

「ほら、腕組んであげるからぁ。どう? あーしの胸、柔らかいっしょ? Gよ?G!」

「ちょっ! それっ! 当た……当たってる!」

「こう言うときなんて言うかあーし知ってるよぉ? 当ててんのよ! でしょ? はい正解! 正解したからご褒美に教室までこのまま連行の刑~」



 あっという間に茜は連れ去られて行った。

 うぉぅ。まじかアイツら。まるで捕食者じゃねぇか……。その時、後ろから低い声が聞こえた。


「バッカみたい……」


 し、東雲さん?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る