67.誕生日
カラン
と、とけた氷がグラスに当たり、小気味のいい音を鳴らす。
グラスを手に取り、残り僅かとなったアイスコーヒーを一気に流し込んだ。
ブラック特有のコクや苦味が、氷からとけだした水で薄まり、あまり美味しいとは言えない。
グラスをテーブルに置いて、口を開く。
「で、何か知りませんが、まだですか?」
「ああ、まだ駄目だ」
7月3日、今日は俺の誕生日だ。
そんな日に何故か俺は今、父さんと喫茶店でお茶をしていた。
発端は学校の昼休みに父さんから『用があるから、放課後になったら駅前に来てくれ』といったメッセージが届いて、別にバイトも誰かとどこかに行くような約束も無かったので俺はそれを了承した。
そういえば、桜乃とサキに誕生日にバイトはあるかとか、放課後に予定を入れているかやら、3日前くらいに聞かれたが、今日特に誘われたりしなかったな。プレゼントは貰ったが。
今日学校で貰ったプレゼントは、
桜乃からは俺が桜乃の誕生日に渡した桜の妖精と同じ形をした目覚まし時計を貰った。
シックにまとめている俺の部屋の外観を破壊するつもりなのかもしれない。いや、貰ったからには置くが。
ちなみに桜乃の声が録音されていて、設定した時間になると『蓮華君。朝だよ、起きて。桜乃ちゃんが朝をお知らせしましたー』と、妙に甘ったるい感じの音声が流れる。
多分これじゃあ起きれねえ。
サキからはキーケースを貰った。
これは素直に嬉しいわ。委員会の掃除の時に足を買う話をしていて、ついでにキーケースでも買うかと話していたのを覚えていたらしい。
免許発行してスクーター買ったら星崎の件でのお礼もまだだったし、2ケツしてどっか連れて行ってやろうかな。
大前からは前に助けた時の礼にも貰った手作りのクッキーを貰った。
相変わらず美味かったが、よく俺の誕生日知ってたな?
そういえば、犬山のところに来ていた木之下が今日が俺の誕生日だと聞いて胸ポケにさしてた割りと高そうなボールペンとかくれたが、あまり交流ねーし何か返そうにも木之下の誕生日とか知らんのだが。今度聞いてみるか。
後は柊木から缶コーヒーを奢ってもらったりとかその程度だな。
とりあえずそんな感じで学校を終えて、駅前に行くとすでに父さんが待っていたので
「父さん、用って‥‥?」
と、確認すると
「そうだな。まずは喫茶店でも入るか」
と、喫茶店に入り席について用を聞いても、父さんはスマホを見て、「まだ駄目だ」と言う。
そして現在に至るというわけだ。
訳が分からん。
それからも、要領を得ない話を続けつつ、
「もうすぐテストだろう?そういえば中間試験はどうだったんだ?」
と聞く父さんに全教科満点だった事を伝えると顔を引き攣らせた。
そして、ヴヴと父さんのスマホが震えて画面を見た父さんが「ようやくか」と呟いてから俺に視線を移して、
「よし、もう帰っていいぞ。あ、寄り道はするなよ」
と、そんな事を宣う。
結局何だったんだ?
息子とコミュニケーションでも取りたかったのか?いや、別に家でも普通に話くらいはしてるつもりなんだが。
一緒に帰るのかと思いきや、父さんは仕事を抜けてきたらしく、仕事に戻るらしい。
別れ際に「お、そうだ」と言った父さんが自分がしていた腕時計を外して渡してきた。
「それ、格好いいって言ってたろ?やるよ。誕生日おめでとう、蓮華」
そう言って去る父親の姿がちょっと格好いいと思った。ありがとう、父さん。大事にするよ。
そろそろ敬語やめてやるか。
家に着くと明かりが点いていなくて、玄関を開けると靴も無い。
一人の時は見慣れた光景ではあるが、今日は母さんがいるはずなので多分買い物にでも行ってるのだろう。
洗面所で手洗いうがいをして、部屋着に着替えるために部屋へ行くと、
———パァァァァン!!!
「のわっ!?」
「「「誕生日おめでとー!」」」
部屋のドアを開けた瞬間、乾いた破裂音にビックリして腰が引けた。
それと同時に部屋の明かりが点いて、満面の笑みでクラッカーを引いた姿の母さんと桜乃とサキの姿が見える。
「えっと‥‥あり‥‥がとう?」
「ふふっ、蓮華ちゃんまだビックリした顔してる。可愛いっ」
「サプライズだよ、蓮華君」
「ね、ツキ。ビックリした?」
だんだんと、誕生日を祝ってくれるのにやってくれた事なんだと思考が追いついて、
「ははっ!ビックリしたわ」
思わず笑みがこぼれた。
3人が「いえーい、成功!」と手を叩き合っている。
そうか、サキが母さんに会いたがっていたのは、この為かもしれない。
初見は案の定、陽キャな見た目全開なサキの見た目に母さんはすこぶる怯えていたが、ずっと目を見て微笑むサキに次第に母さんも警戒心を解いていった。
「桜乃ちゃんと若菜ちゃんとね、美味しい料理いっぱい作ったから着替えたらリビングに来てね」
「蓮華君の好きな卵焼きも作ったよ」
「私もツキがほめてくれた唐揚げに更に磨きをかけてきたから」
3人はそう言って部屋から出ていく。
「おう、たくさん食わせて貰うよ」
ワイワイと食事をしながら、はたと気づいて母さんに聞いてみた。
「そういえば、父さんから連絡きたのってこの為か?」
「そう、パパに引き留めてもらってたの。1週間後のパパの誕生日に前から欲しがってた腕時計を買ってもいいよって言ったら喜んで引き受けてくれたよ」
‥‥新しい腕時計‥‥か。
台無しだ‥‥父さん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます