66. このフラグは折らねばならない
星崎とのごたごたの事後処理も終わって、俺への嘘告も無くなった。
学校側は急に十数人規模の女生徒が辞めたり不登校になったりで困惑してると思うが。
理由は聞かれても多分言わんだろう。
強姦に協力してたまでは知らんとしても、俺をハニトラで嵌めて脅したり退学に追い込もうとしてたって認識はあるわけだからな。
自分はビッチですって言うようなもんだ。
強姦の可能性を知った上で協力してた赤風なんて真っ先にいなくなったからな。
前科がつくと言っただけでガクガク震えてたし。
とまあ、そんな平和が訪れた日の放課後、サキと雑談をしながら委員会活動である校舎裏の噴水周りの掃除をしていると、サキが何かを思い出したかのように『あ、そうだ』と言い、俺の方へと顔を向ける。
「ねえ、ツキ。私もツキのお母さんに会いたい!」
「マジか‥‥」
その言葉に、俺は苦い顔で返した。
「だめ‥‥?」
俺の微妙な態度に、サキは一歩近づいて上目遣いで見つめてくる。
うお!何だこれ、断りづれぇ。
いつの間にそんな技覚えやがった。
「いや、駄目って訳じゃないんだが‥‥」
思い出すのは桜乃が母さんと会った時の事。
桜乃を家まで送って自宅に帰ってきたら、
『ママ頑張ったよ!褒めて褒めて』
と、くっつかれて結局その日は添い寝する羽目になった。高校生にもなって母親と添い寝したとか誰にも言えねえよ‥‥。
尚も上目遣いで不安気に見てくるサキに溜め息を吐きつつ白旗を上げた。
「うちの母親、人見知りって話はした事はあったよな?」
「え?うん」
「目にコンプレックスがあってな。目が合っても絶対に逸らさないでくれ。逸らされると酷く傷つく。多分すぐに母さんから逸らすと思うし」
「あ、じゃあ、‥‥いいの?」
そもそも何でうちの母さんに会ってみたいのか分からんが、桜乃がサキにうちの母さんに会った話をしてた時から謎に羨ましがってたからな。
「その条件がのめるならな‥‥そうだ、ちょっと練習してみるか」
「えっ?練習って?」
キョトンとしたサキの肩に手を置いて少し屈むようにして目の高さを合わせた。
「俺と母さんの目ってめちゃくちゃ似てるんだよ。だから俺から目を逸らさないでみてくれ」
そう言ってサキの目をジッと見る。
マスカラによって束感が出されているまつ毛がなげぇな。やら、アイラインに薄く青が混じってるんだな。やら、至近距離じゃないと分からなかったところをマジマジと見つつ水晶のような瞳を見ていると、肩に置いた手からサキがプルプルと震えているのが伝わった。
「ぁ‥う‥あぅ‥‥あううぅ‥‥むり‥もう、無理ぃぃいいっ!」
2,3秒で目が泳ぎ始めて、すぐに両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
まあ、自分で鏡見ても目ぇ怖って思うからな。寝起きとか特に。
うーむ‥‥。桜乃はイワトビペンギンをカワイイと言うような変なやつだから注意せずとも母さんと目が合った時はずっとニコニコしていたが、サキはこれで大丈夫だろうか?
そんなやり取りをしていると、
「ふふ、何だか楽しそうだね」
と声をかけられた。
そっちに目を向けると‥‥お!この人は!
清潔感のある黒のショート寄りのミディアムヘアー。見るものを和ませる温和な微笑み。身長は俺よりは低く172センチだったかな?そんなに高くはないが、それが相手に警戒心とかを抱かせない雰囲気にも一役買ってるのかもしれない。
ここまで第一印象で、この人は多分優しいのだろうと印象付けられる人も珍しい。
明瞭学園生徒会副会長、白雪冬馬。
後ろには副会長の義妹と、もう1人‥‥誰だっけか。
あ、色別対抗リレーでわざと転んだ疑惑のある青チームの2年の女子(名前は知らない)だ。
そのまま歩み寄ってきて、俺の前で立ち止まると
「僕の名前は白雪冬馬。入学式で会った事はあったけど、話すのは初めてだね。今日は葉月君に謝罪に来たんだ」
そう言って
「脅されていたとはいえ、妹のチカがすまなかった」
と、頭を下げた。
続くように白雪冬馬の妹の白雪中花と、色別(以下略)先輩が頭を下げる。
成る程、リレーの時の事が知られてしまったのか自分から言ったのかは分からんが、それでこの人が動いたわけか。
俺の隣に並んだサキは黙って事の成り行きを見ているが、それでも目つきは険しい。
あん時結構怒ってたからな。俺はサキの眉間を同じように軽く突いてから口を開いた。
「もう過ぎた事なので、気にしてませんよ」
そう返しても暫くは頭を下げたままで、ゆっくりと頭を上げた。
「過ぎた事とはいえ、何も悪くない、むしろ人一倍頑張っていた葉月君一人に頭を下げさせたままにするわけにはいかないからね」
うーん、人間出来てるなあ。
「本当は元凶である星崎君も一緒に謝罪に連れてきたかったんだけど‥‥」
あ、それは大丈夫です。
むしろ少しやり過ぎたと思ったりもするし。
兎も角、
「分かりました。謝罪を受け入れます」
「ありがとう。‥‥ふむ、見た目は少し派手だが‥‥性格良し‥‥成績は優秀‥‥運動神経も良しと‥」
白雪先輩はお礼を言って微笑むと握った拳を口元に当てて何かをぶつぶつと言い始める。
それよりも白雪妹と色別先輩の俺にむける視線が妙に熱っぽいのが気になる。
「葉月君、一つ提案なんだけどお詫びの一環として妹のチカに暫く君の身の回りの世話をさせてはくれないか?」
ん?
「わ、私もお世話します!」
んん?
色別先輩まで便乗したが、何だこれ?
白雪妹は何かモジモジし始めたが。
眉が隠れるあたりに切り揃えられた前髪から覗く泣きボクロが印象的な垂れ目をチラチラと向けられる。
「妹が、自分に非がなくとも頭を下げて庇ってくれた姿に惚れンン゛ッ人として尊敬の意を抱いたらしくてね。これを機に兄ばなゴホッゴホッ、失礼。これを機に同級生との交流を深めるのもいいのではと思ってね。妹のチカはあまり同級生と関わろうとしないから」
ふむ。どことなくラブコメの波動を感じる。
これ、あかんやつや。何より俺の左隣から感じる圧がやばい。フィアちゃんの母親に抱きつかれた時に感じた悪寒と同種のものを感じる。
俺は、このフラグは折らねばならない。
何よりも恋愛については、まずはこの左隣から連邦の白い悪魔ばりのプレッシャーを放つ存在について自分の気持ちを確かめないといけないからな。
だから、俺はこう言ったんだ。
「いや、間に合ってます」
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