62.だが断る
赤風について行きながらポケットに手を入れて念のためにインストールしておいた録音アプリを起動させておく。
連れてこられたのは校舎脇にある小屋だった。
赤風がポケットから鍵を取り出してドアの鍵穴に差し込む。
「ここ、何処ですか?」
「女子テニス部の部室よ。2人きりになりたかったから」
小屋に入ると、成る程。体育とかで使う男子更衣室とかとはまるで異なる香料と香水を混ぜたような独特な匂いがする。
男子側の部室に入った事があるわけじゃねーから偏見かもしれんが、物も綺麗に整頓されているあたり流石女子側の部室とか思ったり。
「それでね、本題なんだけど‥‥」
前を向いていた赤風がそう言って振り返ると
「ねえ、葉月君。私、あなたの事が好きなの。私と付き合わない?」
俺の手を取り、胸の前で両手で握りながらそんな事をのたまった。
断られるなんて微塵も思っていない顔をしてるな。
星崎は気に入った女を侍らせておきたいような奴だから別として、確かにこのルックスで告白なりされて断るやつはまあいないだろう。
しかし、
「だが断る」
「‥‥え?」
目を丸くして信じられないといった顔をする赤風。鬱陶しいので握られた手も振り解く。
「‥‥何でか聞いてもいい?」
「こちらこそ、何で上手くいくと思ったのか聞きたいですね。俺、あなたの事知らないのですが」
いや、知ってるけどな。
すると、小さく仕方ないかという表情と共にため息をついたかと思うと、赤風はブレザーを脱いでシャツのボタンを外していく。
んん??
シャツのボタンを全て外し終えた赤風は、その真っ白な素肌と赤いブラに包まれた豊満な胸を惜しげもなく晒して俺に抱きつくと、耳元で
「好きにしてもいいんだよ?」
と囁く。
ちょっと待て。
俺だって健全なDKだ。
こいつ見た目だけはいいし、ヒステリア・サヴァン・シンドロームを発症してヒステリアモードになりかねない。反射神経30倍になったりはしねーけど。
落ち着け。こういう時は母親の裸体を思い浮かべると冷静になれると聞いた事がある。
そうだな‥‥まずはシーンだ。
舞台は風呂場
湯舟に浸かって寛ぐ俺
その時、
『蓮華ちゃん、お背中流してあげるー』
そんな声をあげてマッパで風呂に侵入する母親
『うおっ!入ってくんな!やめっ、やめろ!』
『ほらほら、お風呂出て。前も洗ってあげるから』
『ざけんなっ!こら!おいっ、触んなって!』
『ふふふっ蓮華ちゃん。あったかーい』
『やっ、くっつくな!やめろぉぉおおおっ!』
‥‥‥。
何故だろうか。シチュエーションがいやにリアルだし、妙な既視感も感じる。
何かGW明けあたりにこんな事があったような‥
その考えを
『ダメだ!その記憶の扉はそれ以上開けるな』
と、頭の中の俺が全力で止める。
しかしまあ冷静にはなれた。今の状況なんて屁でもないと、思考がクリアになっていく。
「そんなつもりはありません。もう帰りますね」
赤風の肩を掴んで引き剥がす。
赤風は訳が分からないといった表情の後に焦ったように、
「葉月君、あなたひょっとして男色?そんな‥せめてここで足止めはしないと‥」
そんな事を言う。酷い勘違いをされたもんだが、足止め?並行してなんかやってんのか?
「い、今この部屋には実はカメラが設置してあるの。私の言う事を聞かないと、不純異性交遊で退学になるかもしれないわよっ」
そんな事を言ってシャツを脱ぎ去り、スカートも下ろす赤風。
ぐっ‥‥諸刃の剣だが、母さんを再召喚して冷静さを取り戻す。
しかし、撮影されてたのか。
今の所の映像なんてこいつが勝手に脱いで、俺がそれを引き剥がしただけだが、場面場面を編集されたら少し不味いか?
つーか‥
「それを教師に渡したらあんたも退学になるかもしれんがな」
敬語使うのも面倒臭くなってきた。
「えっ!?」
え?何こいつ。自分は助かると思ってたのか?
不純異性交遊って1人ではできんぞ。
「私が、無理矢理襲われたって事にすればっ」
「っていう会話は全部録音してあるわけだが」
ポケットからスマホを取り出して、摘んでぶらぶらと見せる。
さて、ちょっと追い込んでみるか。
明確に脅されたわけだし、罪としては成立した。
催眠で自殺は難しいと聞くし、軽い洗脳程度であれば我が身可愛さが勝るだろう。
事実、他の女は俺に手を出されるのを警戒してたわけだし。
「今までの音声データと、実はお前らの集まりの会話データなんて物も俺は持っている。星崎が裏にいるのだって分かってるんだ。つまり、お前らが星崎諸共に停学やら退学になるだけの証拠はあるわけだが。あー、俺が訴えればあんたに犯罪歴もつけられるな。それが嫌なら‥」
ニヤリと笑って続ける。
「全部吐け」
この後も同じような事があるのも面倒だし、
並行して何してんのか気になる。
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