55.見えない努力を


体育祭で出場する種目を決める時間。


黒板に貼られた種目が書かれた紙をぼんやりと眺めながら、適当に楽そうなのを選ぼうとしたら教壇に立って進行をしている体育祭実行委員の女子からリレーに推薦された。


「葉月君、色別対抗リレーに出てくれないかな?その‥‥盛り上がり的にも葉月君が出てくれた方がいいかと思って‥‥」


と、不安げな顔を向けられたら断れねえけど別に俺、足早くはないんだよな‥‥


でもまあ、入学式で挨拶したし見た目的にもそこそこ顔は売れてるし、知ってるやつのが応援もしやすいか。大前のおかげで怖がられてるわけでもなさそうだし。


そういや、小学校の運動会でも他薦でリレーやったなーなんて懐かしい事も思い出した。


「おう、いいぞー」


その日は、そう答えて色別対抗リレーに出る事になったんだが‥‥






合同練習の日、やらかしに気付いた。


色別対抗リレー、うちのクラスは星崎と一緒だったんだよ。

今この場所には色別対抗リレーの代表になった各学年の男女が1人ずつの計6人いる。

星崎ルートの時は桜乃が色別対抗リレーに推薦されて、星崎と一緒に練習したり、帰りが遅くなって送ってもらったりする。

知ってたはずなのにすっかり忘れてた。


星崎は俺を見てニヤリと嫌な笑みを浮かべると、集まったリレーのメンバーに俺を見ながら何か耳打ちしている。



そして‥‥


「ねえ、皆んな向こうで練習しようよ」


と、キラキラとした光でも出そうな爽やかな笑顔で髪をかき上げながら移動を始める。

俺を置いて。


つまりはハブだ。

はぁ‥‥くだらねー事する奴だな。小学生かよ。


別のクラスだが、同じ色分けの1年の女子‥‥つーか何となく既視感があると思ったら白雪か。


桜乃が色別対抗リレーのメンバーにならなかった場合って白雪になるのか。これは知らなかった。


白雪も、申し訳なさそうな顔で小さく頭を下げて星崎達の方へとついて行った。

長いものには巻かれといた方が無難だからな。

それでいいよ。



ふぅ‥‥眺めてても仕方ないし、帰るか。






家に帰った俺は、動きやすいジャージに着替えて近所の大きめな公園へとやって来た。

バトンの受け渡しの練習は出来ねーけど、走り込みくらいはしとかないとな。


まずは準備運動がてら軽く流しながら走るか。





「はぁ‥はぁ‥はぁ‥」


北海道でやってたキックボクシングをやめてから運動してなかったから、身体が思いっきり鈍ってやがる。

目測で200メートルくらいの距離を10本走っただけで息切れ半端ないし割りときっつい。


「あー‥‥しんどい」


タオルで汗を拭いてベンチに座って空を眺めていると、足音がするとは思っていたが俺のいるところで立ち止まって、視界に影が差した。


「うおっ!桜乃ちゃん!?」


視界いっぱいに広がったのは桜乃の顔だった。


「うん、桜乃ちゃん。はい蓮華君、差し入れ」


そう言って桜乃は、びっくりさせてイタズラ成功といった感じの笑顔でスポーツドリンクのペットボトルを渡してきた。


「ん?おう、ありがと」


キャップを外して渇いた喉にスポーツドリンクを流し込んでいると、桜乃は俺の隣に座った。


「調子はどう?」


「微妙だなー。身体鈍ってるし」


「‥‥走るの、あんまり得意じゃないよね?」


「まあ、そうなんだけど。よく分かったな?」


桜乃は、ふふん♪と機嫌良さそうに俺に寄りかかってきたが、今俺汗だくなんだが。

桜乃が気にしないなら別にいいけど。


「私、知ってるよ。蓮華君は何でもできるわけじゃなくて‥‥見えないところで努力して、何でもできるように見せてるだけだって」


「見えない努力を見られちゃったわけだがな」


「小学校の頃の運動会でリレーのアンカーに選ばれた時も、この公園でずっと走ってたもんね」


「げっ、それも見られてたわけね」


「うん、いつも見てる。目がね‥‥追っちゃうんだ」


そう言って桜乃は昔を懐かしむように笑った。


「本当は頑張れって声をかけたかったんだけど、真剣な顔してたから邪魔しちゃいけないって思って頭の中でだけ応援してた」


「別に普通に声かけても良かったのに」


「うん、蓮華君ならそう言うと思うけど、私が邪魔したくなかったんだよ」


当時の記憶がばっちりと甦った。


「それで、当日の応援が爆発したわけか」


可愛い顔をくしゃくしゃに崩してでっけー声で

『ガンバレー!れんげくーんっ!!』

って叫んでたからな。

桜乃の声はよく通るから走ってる途中でも聞こえたし、どこにいるのかもすぐに分かった。


「また応援するね」


今の桜乃が大声出す姿があまり想像できないが、そう言われるとまぁ頑張るかって気にはなるな。


「おう、よろしく」


「うん、任せてよ」



そう言って笑う桜乃を見て、GW中に考えた事をふと思い出した。


俺と桜乃の関係‥‥


もし小学校1年の時に一目惚れしていたとすると、桜乃は俺が初恋のはずだが‥‥今はどうなんだ?


小6の時にされるはずだった告白はされなかった。

自覚する事無く、気持ちは無くなったのか?

攻略対象との絡みは天霧と星崎だけだと思うが、桜乃的にはどちらの印象もあまり良くない。


それならば俺を攻略している?

だが、俺は桜乃と正規のイベントはほとんど何も起こしていない。


桜乃が俺を応援してくれるのは、あくまで幼馴染としてなのか‥‥それとも



「ね、蓮華君。私に何か手伝える事ない?」


「ん?あ、ああ‥そうだな。じゃあ‥」


俺はそう言って立ち上がり、落ちていた手頃な木の棒を拾った。


「ちょっと手伝ってくれ。バトンの受け渡しの練習」


「うん、もちろんいいよ」



そのまま暫く桜乃と練習をして、遅くなっちまったから家まで送って帰った。



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