48.何でも1つ言う事聞いてやるよ


金曜の放課後、最近読んだ本なんかの話をしながらサキと一緒にスーパーへ買い物に向かっている。

ちなみに、前日に作ったガトーショコラは完璧だ。いや、むしろ凝り過ぎた。


スーパーの入り口まで着いたところで


「そうだ、何食べたいか聞いてなかった。ね、ツキ何食べたい?」


後ろ手を組んでサキが覗き込むように聞いてくる。


「んー‥‥そうだなぁ‥‥カレー」


「カレーなら任せ———」


「バターチキンカレーをナンで」


「え゛」


「ん?」


サキの笑顔が凍りついている。


「いや、作った事無いし、食べた事も無いんだけど」


「結構簡単だぞ。作ってやろうか?」


GW前あたりにチャレンジしたが、そこそこ上手くいったと思う。


「くっ‥‥食べたい‥‥けど、だめ!今日は私が作りたい!‥食べてほしい」


「そっか。じゃあ今度作ってやるよ」


「ぁ‥今度‥‥うん、今度ね!今度作って!約束だよ。へへっ」


「そんじゃ、サキの得意料理は?」


「特別得意なのはまだないんだけど‥この前ロールキャベツを覚えたよ。ロールキャベツは‥‥好き?」


「おう、好きだぞ」


「良かった。それじゃあロールキャベツにするね」



メニューも決まって、ちゃっちゃと買い物を済ませてスーパーを出た。






家に着いて


「どうぞー」


と玄関の扉を開けると


「お、お邪魔します」


サキがやたら緊張していた。

まあ、うちの母さんが人見知りだからって説明して北海道にいた時は俺の家には連れて行かなかったからな。


「ぷっ、何緊張してんだよ。誰もいねーよ」


「それでも緊張するものなの!」


そんなサキを連れて手洗いなんかをした後にキッチンでスーパーで買ったものを冷蔵庫に詰めていく。


リビングにある時計を見ると‥今はまだ16時か。だったら‥‥


「今おやつ食うか?」


「あ、うん。ね、ツキの部屋に行ってみたい」


「おう、いいぞ。じゃあ俺は準備してくるから、そこの階段の上のドア見えるだろ?あれが俺の部屋だから入っててくれ」


「えっとー‥‥何か隠したりしなくて大丈夫?いや、漁ったりはしないけどさ」


「ん?別に‥‥あ」



小3の時に桜乃にキスされた時の写真が写真立てに入ってキャビネットの上の端に置いてたな。


あの日の1週間後くらいに桜乃から渡されて、とりあえずそこに置いて以来ずっとインテリアと化しているが‥

何となく、これはサキに見せたらだめな気がする。


「ちょっと部屋片して、ついでに着替えてくるわ。ちょっと待ってて」


そう言って部屋に向かうと


「やっぱりツキもそういうの興味あるんだ」


という声が聞こえたが、スルーする事にする。

多分勘違いをしているが藪を突いて蛇を出す気はない。




部屋を片して部屋着に着替えてからサキを部屋に入れて、コーヒーを作りつつケーキをカットしていく。

昨日冷やす前にも味見したが、冷やした後も一口食ってみると


「いや、これマジで美味いな」


自画自賛だが、くっそ美味い。




トレーにケーキとコーヒーを乗せて部屋に行くと‥‥俺のベッドでサキが枕に顔を埋めてうつ伏せで寝ていた。


「何してんの?」


声をかけるとサキがビクッとしてから顔をこっちに向ける。

起き上がる気はないらしい。


「えーっとー‥‥これはね、そう。知ってる?嗅覚は男性よりも女性の方が鋭いって言われてるんだよ」


サキが人差し指を立てて話しだす。


「嗅覚を司る神経細胞の数が男性よりも女性の方が5割近くも多いなんていう研究結果も出てるんだって」


「おー」


脳科学のあたりは未開拓で全然知識がないからちょっと面白いな。

睡眠実験とか、死刑囚と看守実験とかも少し興味あったり。


「そういうわけで、男性よりも女性の方が匂いフェチの割合も多いのよ」


「へー、そうなのか」


「うん、つまり女性は匂いが気になるものなのだよツキ君」


「ふむ」


「だから、これはちょっと匂いチェックを‥‥」


「なるほど。で、結果は?」


「へ?」


「いや、だから女性の観点で俺の匂いが不快かどうか確認してたんだろ?」


自分で自分の匂いって分からんからな。

臭いとか言われたら結構へこむ。


「‥‥えっと‥落ち着く‥‥」


そう言ってサキは再び顔を枕に埋めた。




「コーヒー冷めるぞー」


部屋にあるテーブルにトレーを置いてサキに声をかけると、ようやく起き上がった。


「まあ、食ってみてくれ。不味いと言えたら何でも1つ言う事聞いてやるよ」


「それ、美味しくても不味いって言うかもよ?」


「ふっ、言えるものなら言ってみるがいい」



何たってこのガトーショコラ、無駄に凝ったものを作りたくなってわざわざ材料を買いに専門店を渡り歩いた。

10個で3000円の卵と、カカオ含有量が多めのクーベルチュールチョコレート。

無塩バターとグラニュー糖も厳選している。

ただ高けりゃいいというわけではなくガトーショコラを作るのに適したものを選んでな。


ゆっくりとした動作でサキが一口サイズに切ったガトーショコラを口に入れて咀嚼したと同時、目を見開いた。


「まっ‥まっ‥‥ぐぅ‥‥い、言えない。何これ美味しすぎる」


「だろ?」


恐らく今の俺は完全にドヤ顔をしている事だろう。




その後はサキにロールキャベツを作ってもらったが、普通に美味かった。


サキも桜乃と同じで俺が食っているのを見てから食っていたが、そういや俺もサキがケーキ食うのを最初は見てたし料理とはそういうものなのかもしれない。



食後はサキを家まで送ったんだが


「家にいたのにごめんね。面倒だよね」


と申し訳なさそうにするので、


「サキの事で面倒だと思った事なんてねーよ。あったら勉強も途中で教えるのやめてる」


そう言うと「うん‥ありがとう」と言って額を俺の胸にあててお礼を言われた。


久しぶりにサキの匂いを間近で感じた。

男性よりも女性の方がと言っていたが、本当だろうか。



家に帰って風呂に入ってベッドに横になると、

サキの匂いがした。




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