42.月が綺麗ですね


湖での散歩から戻ると、桜乃の祖父母の方でも誕生日を祝うつもりだったらしく夕飯は豪勢な料理と、食後にはケーキも出てきて、ロウソクの火を桜乃が消したら『おめでとう』何て言いながら拍手を‥‥


って何で俺はこの一家団欒にナチュラルに混じってんだろうな。

まあ、桜乃が嬉しそうだしいいか。




誕生日会みたいなものも終わり、ベランダに座って夜空を眺めていると


「蓮華君、お風呂空いたよ」


と、風呂から上がった桜乃が声をかけてきた。

桜色のパジャマを着て、髪はちゃんと乾かしているが湯上がりすぐのせいもあってか、頬が少し上気している。

そのまま隣に座って同じように夜空を眺めた。


「月が綺麗だね」


「そうだなー」


月が綺麗‥‥か。



英語の教師をしていた夏目漱石が、

『I love you.』を『我、君を愛す』と翻訳した教え子に、

『日本人はそんな事言わない。月が綺麗ですねとでも訳しておけ』なんて言ったという逸話があったな。

本当か嘘かは分からんみたいだが。


ちなみにその返し言葉として代表的なのが

『死んでもいい』

になるが、こっちは翻訳家の二葉亭四迷が

『私はあなたのもの』という意味のロシア語を

『死んでもいいわ』

と日本語訳した事が始まりだとか。


しかし、月が綺麗ですねと言われて、死んでもいいわと返すのは会話として成り立っているのだろうか‥‥?


何てどうでもいいな。


桜乃の方を見ると黙って月を見ていたので、そのまま2人で何も言わずにずっと月を眺めていた。




「さってと、俺も風呂入ってくるわ。桜乃ちゃんも湯冷めしないうちに寝ろよ?」


「うん。蓮華君は和室で寝るんだよね?」


「ああ、布団も用意して貰ったし」


「そっか。ふふ、おやすみ蓮華君」


「おやすみ、桜乃ちゃん」



すでに桜乃の祖父母は寝てるだろうし、静かにさっと風呂入って俺も寝るか。




風呂を上がって、布団を用意して貰っている和室に入るとスマホが着信を知らせる点滅をしていた。


誰だ?


スマホを見ると‥‥母さん?留守電も入ってるし再生してみると‥



『蓮華ちゃん‥‥どこ‥‥ぇぐっ‥ひっく‥‥ビックリさせようと思ってね‥‥こっちに帰ってきたらね‥ひっく‥‥蓮華ちゃんがね‥‥いないの‥‥ぇぐっ‥帰って‥来ないし‥‥電話にも出てくれないし‥』



あー‥‥ガチ泣きしてんなコレ。

とりあえずメッセージでいいか。既読ついたら電話しよう。


『今、友達の家に』

まで打ったところで手が止まった。


友達‥‥

俺にとって桜乃って何なんだろうか‥‥


友達?

幼馴染?

乙女ゲームの攻略対象とヒロイン?


どれも正解のようで、だけど‥‥どこかしっくりこない。

いや、小学校1年の時は間違いなく攻略対象とヒロインと認識していた。

これは間違いない。



それじゃあ‥‥今の俺にとって桜乃は———

♪♪♪♪♪

っと母さんから電話だ。


『はい、もしもし』


『あっ!蓮華ちゃん!電話出た、良かったよぉ。今どこぉ‥ママ心配でぇ‥ひっく‥ぇぐっ‥』


『えっと‥今、友達?‥の家にいるから。大丈夫、事故とかにあってるわけじゃねーよ』


『友達って‥‥女の子の家?』


つーか説明が難しい。幼馴染(?)の母親の実家にいるって‥‥自分でも意味が分からないからな。


『んー‥‥一応』


『‥‥‥彼女?』


『いや、違うけど。いないし』


『遊びなの!?ダメだよ、蓮華ちゃん。そういうの』


『母さん‥‥母さんは盛大な勘違いをしている。そういうのでは断じてない』


確かに、彼女でもない女の子の家に泊まりに行ってる。だと、そう思われても仕方ないが。


『彼女できたらちゃんと紹介してね?』


『大丈夫なん?』


『蓮華ちゃんの彼女だったら頑張る』


仮にサキとか連れてったら絶対に部屋から出てこない気がする。


『まぁ、できたらちゃんと紹介するよ』


『今日は帰って来れないの?』


『明日には帰るけど、今日は帰れないな。いつまでいるの?』


『明日までの予定だったけど、蓮華ちゃんいないから次の土日までいる』


『お、おう了解。それじゃあ、もう寝るから。おやすみ』


『おやすみなさい、蓮華ちゃん』



はぁ‥‥子離れするのはまだまだ先だな。


疲れた。もう寝よ。






トントントンと料理をしているような音と、これは味噌汁の匂いか‥‥?


そんな朝の気配で目が覚めた。

横向きで寝ていたのか若干首が痛い。


目を開くと、目の前に桜乃の寝顔が‥‥‥は?




うわああああぁぁぁぁああああ!!(AA略)




何してんのこいつ!??


目を開けたら人の顔がどアップであるとか普通にビックリするんだが。



動揺していると、襖が開いていて通りかかった桜乃ママンと目が合った。


「あら、おはよう蓮華君。今、朝ご飯の準備してるからもう少し寝てていいわよ」


おお、この状況スルーか。

お宅の娘が男と同衾してますけど。



‥‥起きるか。と上半身を起こすと、隣がモゾモゾと動いた。


「あ、蓮華君おはよー」


桜乃も目を覚ましたらしい。

眠たそうに目を擦っている。


「‥‥何でここで寝てるんだ?」


俺がそう聞くと


「あれ?間違えちゃったかな?」


と、桜乃が右手の人差し指を口元にあててとぼける。


どこぞの偽りの天才みたいな言い訳しやがって


枕持参だし、枕元には蓮華二号と昨日プレゼントした桜の妖精のヌイグルミが並んでるし確信犯じゃねーか‥‥って懐かしいな蓮華二号。

相変わらず目つき悪りぃ。うん、似てるわ。


「まあいいか。顔洗ってくる」


「あっ、待って。私も行く」



まったく‥‥朝から疲れた‥‥。



その後は朝ご飯を食べて、桜乃の祖父の武勇伝を聞きつつのんびりと過ごした。


昼飯は何となく料理の勉強に桜乃ママンの料理風景を眺めていると、急に桜乃がやる気を出して桜乃の料理姿を見ていた。


くっ、いつから料理してるのか知らないが、料理歴1ヶ月の俺より上手いし美味ぇ。

変わった調味料は使って無かったと思うが‥


「なあ桜乃ちゃん、これめちゃくちゃ美味いんだが隠し味に何か使ってる?」


と聞くと、


「非売品の調味料を蓮華君のにだけ入れたよ」


桜乃はそう上機嫌に答えた。



昼飯も食い終わって帰り際に、桜乃の祖父母のまた来てねには苦笑いで応えて桜乃ママンの車で帰宅。



家に帰ったら母に霊長類最強女子みたいなタックルされるしGW最終日は疲れたなぁ‥‥




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