41.安心しきった顔して寝やがって


桜乃の祖父母の家から歩くこと15分程で湖に着いた。


山に囲まれた自然豊かな湖で空気が美味しい。

リフレクションって言うんだったか、湖に青々とした山と空と白い雲が反射して映り込み、綺麗な景観に一層の深みを感じさせる。



桜乃と一緒に、湖の周りの遊歩道を散歩しているとソフトクリームの売店が見えた。


「ソフトクリーム食うか?」


「あっ、食べたい」


「桜乃はバニラだよな?」


「うんっ、蓮華君はこの中だと‥抹茶だね」


「そうだなー」


「ほうじ茶が無くて残念だったね」


そう言って桜乃が笑った。



俺は洋食より和食、洋菓子より和菓子と食については和風が好みだったりする。

まあ、本当にどちらかと言えばレベルだし多分桜乃くらいしか知らないんじゃねーかな。


昔、2人でお菓子を食ってた時に俺が袋を持ってて、バニラ味が好きだった桜乃に優先してバニラ味を渡した。

そしたら、俺が気を遣って好きなのを食べられていないと思ったのか、桜乃が


『蓮華君も好きなのをちゃんと食べて』


って言ってきた時にそんな話をした覚えがある。

んで、ほうじ茶味が一番好きだと言ったな。




お互いの宣言通りに俺は抹茶、桜乃はバニラのソフトクリームを買って散歩を続行する。

食べながらなので、歩くペースはゆっくりだ。



「ね、蓮華君の一口ちょうだい」


隣を歩いていた桜乃が首を傾けて覗きこんできた。


「ん?もう食っちまったけど」


俺はソフトクリームは舐める派じゃなくて、かじる派なんだ。瞬殺だった。残念だったな。


ほれっ、とソフトクリームが無くなったコーンを見せる。


「あっ、ホントだ。‥むぅ」


桜乃が頬を膨らませたので、指でつついて空気を抜いた。

プスッっと口から空気を出した桜乃は口を尖らせる。


「何か蓮華君、いじわるになった?」


「ははっ、どうだろうな」



桜乃は表情豊かになったな。入学当初は睨むか無表情だったし。

いや、今でも教室でたまに目にする時は無表情の方が多いか?


元々は元気なやつだったはずなんだけど‥‥まあ、寂しがりでもあった。

入学式でメンチ切られた時は怒ってると思ったけど、そういやその時の事何も言われてねえな。


「なあ、何で入学式の時睨んでたんだ?やっぱり怒ってた?」


「えっ!?えっと、あれは睨んでなんて‥‥あっ!あそこでボートに乗れるんだよ。乗りたいな」


「ん?おう、せっかくだし乗るかー」


「うんっ!」






ボートに乗って湖をゆらゆらと漂う。


穏やかな陽だまりで、水音と風に揺れる木々の葉音と遠くに聞こえる鳥のさえずりがBGM。


会話は無いが、気まずさも無い。

暫く、そんな和やかな時間を堪能していると



「蓮華君、ちょっと動かないでね」


そう言って対面に座っていた桜乃が近づいてきて、俺の膝を枕にするように寝そべった。


「手はここ」


と、俺の手をとって自分の頭に持ってくる。


「この甘えん坊め」


頭を撫でてやると、


「へへー」


と笑って足をパタパタさせる。


その動きで、小5の時にお姫様抱っこをした時の事をちょっと思い出した。


「転覆は洒落にならんぞ、お姫様」


「大丈夫だよ。王子様が絶対に助けてくれるもん」


「へいへい、お姫様の仰せのままに」



少しの間無言になると、桜乃が頭を撫でる俺の手に自分の手を重ねて顔に影を落として口を開いた。


「入学式の時ね、蓮華君が微笑んでくれた時、ホントは私も笑顔で返したかった。だけど、私の顔が笑い方を忘れちゃったの」


「睨まれてたわけじゃなかったのか」


「蓮華君がいなくなっちゃってから、笑えなくなって‥‥勉強ばっかりしてた」


「それは‥‥‥はぁ‥お姫様から笑顔を奪うとは、王子失格だな俺は」


ちゃんと3年で戻ってくるって手紙に書いとけばなぁ‥


「そんな事ない」


桜乃は俺の膝の上で、ゆっくりと首を横に振った。


「同じ高校に行けたんだもん。勉強ばっかりしてた甲斐があったよ」


「そっか」


「それに、今は笑えてるよね?鏡で練習したんだよ」


そう言って下から俺を見上げて笑顔を見せる。


「ああ、可愛い笑顔だよ」




そのまま暫く頭を撫でていると、桜乃はうとうとしてきて



「私にとって、蓮華君はずっと王子様だよ」



そう言って眠った。




‥‥ったく、安心しきった顔して寝やがって。




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