40.寂しかったって言ってたもんな


ふぅ‥羊羹も食べ終わり、一息つき終えた。

桜乃も桜乃ママン&祖父母もお茶を片手に寛いでいる。


さて、と。散歩に行く前にコレ渡しとくか。



「桜乃ちゃん、ちょっとそのストール貸してくれる?」


「え?うん、いいよ」


桜乃が羽織っている桜色のストールを受け取った。


桜乃ママンと祖父母も何をするんだろうとこっちに視線を向ける。



これからやるのは手品だ。

タネも仕掛けも用意してないから視線誘導を使った簡単なものだが。


「桜乃ちゃん、手を前に出して水をすくったみたいな形を作って」


桜乃の手に視線がいったと同時にコレを移動させてっと。


「これでいいの?」


「おう。でもって、このストールを広げて手のひらの上に乗せてっと」


この時点では桜乃の手のひらにはストールが乗っているだけだ。


「ここを持ち上げる」


桜乃の手のひらに乗せている部分を左手で摘んで浮かせる。


「そうしたら‥これを‥‥」


と、そばに置いておいた俺の鞄に音をたてるようにして右手を入れる。


鞄の方に視線が移った瞬間に、自然に鞄から何かを取り出すのに体勢が変わった影響に見せかけて左手を下げ、見えないようにしていたコレをストールと一緒に摘む。


鞄からは、膨らませてはいるが‥‥中身が空っぽの、ラッピングされた包みを取り出して体勢を戻すようにして左手をまた桜乃の手のひらの上にもっていく。

コレが触れないように注意しつつ。


「実はこの包みにプレゼントが入っているんだが‥‥」


と、言いながら右手で持った包みを俺の左手の甲に置いて


「今からこれの中身を移動させる」


右手で上から包みをポスンと潰すようにして、コレが桜乃の手のひらに乗るように左手を下ろす。


「え?あれ?」


桜乃がストール以外の感触に困惑しているようだ。


「そんで、このストールを捲ると‥‥」




桜乃の手のひらに現れたのは


桜の妖精のヌイグルミ。


黒髪に桜の花飾りを頭につけ、桜色の羽衣を着たデフォルメされた可愛い女の子。

俺がこの前プレゼントした桜のヘアピンをつけて桜色のストールを羽織っていた今日の桜乃に似ている。


「ちょっと早いけど誕生日おめでとうって事で、プレゼント」


そう言って俺は桜乃に笑いかけた。


実は4日後が桜乃の誕生日だったりする。




これは昨日、桜乃ママンとの電話を切った後にどうせならこのタイミングで誕生日プレゼント渡そうと考えて、何にしようか悩んだ末にフレゥールパークで見た桜の妖精を思い出して、バイト前にフレゥールショップに寄って買ったものだ。


ちなみに‥‥ここで、ちょっとした事件が起こった。


客層の9割以上が女子の中、桜の妖精のヌイグルミを手に取った俺はさぞ浮いていることだろうと、さっさと会計に向かおうとしたところで


『え‥‥蓮華さん?』


と声が聞こえたのでそっちを向くと、そこには愕然とした顔でこっちを見ている隣の家のスミレちゃん(13歳)の姿が‥‥


『待っ‥』


待ってくれ、誤解だ。

そんな浮気を彼女に見つかった彼氏のような台詞を言い終わる前に、店を出るスミレちゃんの後ろ姿に膝から崩れかけた。


違うんだよ。確かに俺は今1人だし、ヌイグルミを手に取ってニヤけてたかもしれないが、自分の愛玩用に買うわけじゃないんだよ。


これはプレゼント用で、桜乃なら喜んでくれるか?とか考えてニヤけただけなんだよ。


ぁぁぁぁ‥‥


もう一度、蓮にぃちゃんと呼んでもらうどころか、もう関係の修復は無理かもしれない。




昨日の出来事から意識を切り替えると、桜乃はずっとヌイグルミを何も言わずに眺めていた。



「あー‥‥気に入らなかったか?」


一応それ、結構考えた上で、割りと恥ずかしい思いもしながら用意してみたんだが‥ダメだったか‥‥


高校生にもなってヌイグルミはどうだろうと確かに思ったが、蓮華2号と一緒に寝てるって言ってたしアリかと思ったんだがなぁ。



だけど、桜乃はブンブン首を横に振ってからポロポロと涙を流しはじめた。



「ずるいよ‥‥蓮華君。4年ぶりだよ?4年ぶりに蓮華君におめでとうって言われたんだよ。それにプレゼントまで‥‥そんなの、気に入らないわけない」



そう言ってプレゼントしたヌイグルミを大事そうに胸に抱きしめる。



「ありがとう、蓮華君。‥‥嬉しい。こんなに嬉しい事はないよ」



桜乃は笑顔になって涙を拭うと



「私、お散歩の準備してくるね」



居間から出て行った。




そっか、桜乃‥‥


寂しかったって言ってたもんな‥‥


ごめんな‥‥


たださ‥‥






ここで、俺を残して去らないでくれ!


桜乃ママンと桜乃祖母が何か温かい目で見てきてクソ気まずいんだ。


おい、ジジィ。片目を閉じて親指立てんな。



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