39.家は家でも


どうして‥‥こんな事に‥‥

いや、確かに承諾したのは俺なんだけどな。




「蓮華君、寛いでね」


先ほど自己紹介をした優しげに笑うお婆さんがお茶を出してくれる。


「ありがとうございます」


そう言って温かいお茶をゆっくりと啜る。

おっ!美味い。さてはこのお婆さん、お茶のおいしい入れ方を分かってんな。



「兄ちゃん、とっぽいのぉ。儂も若い頃は——」


正面に座っている、やんちゃさが面影に残るお爺さんが得意げな顔で昔話を始めた。


「いやー、すごいですね」


きっとこのお爺さんの若い頃は、元気にドカンを決めたら洋ラン背負ってリーゼントしていたことだろう。

あるいは、盗んだバイクで走り出して自由になれた気がしていたのかもしれない。



「蓮華君、これ食べてみて」


5,6年前からまったく見た目が変わっていないお姉さん‥否、奥様が羊羹を出してくれた。


「すみません、頂きます」


ふむ、上品な甘さが心地良い。この羊羹、お高いのではなかろうか。

もしも手作りなら後でレシピを聞こう。



「蓮華君、落ち着いたらお散歩行こ。すぐ近くに湖があって、ボートもあるんだよ」


隣に座った桜乃がニコニコと散歩に誘ってきた。


「ああ、いいぞ。空気が美味そうだな」


そう返事をすると、桜乃は嬉しそうに身体を揺らした。






さて、何故こんな状況になったのか。

それは昨日の昼まで遡る。


今日のバイトに出たら、残りの休みはバイトないし後3日何すっかなーなんて考えながら昼飯を食べていると桜乃から電話がきた。


『もしもし、桜乃ちゃん?』


『あっ、蓮華君!‥蓮華君、いなくなったりしないよね?』


『は?えっと‥イリュージョンの話か?』


手品はたまに練習してるが、そんな人体消失させるようなレベルの大掛かりなイリュージョンはまだ出来ねーぞ俺は。


『違くて‥‥あっ』


『ん?どした?』


『お久しぶりねー、蓮華君。桜乃の母です』


どうやら桜乃ママンに電話を代わった(取られた?)らしい。


『お久しぶりです』


『それでね、桜乃の事なんだけど———』



桜乃ママンから聞いた話によると、桜乃は母方の祖父母の家に行くのが軽いトラウマになっているらしい。


そう、祖父母の家に行っている間に俺がいなくなったから。



『それでね、蓮華君。明日明後日、空いてる?』


『まぁ、予定はありませんが』


あれ‥‥この流れはもしかして‥‥


『良かった。それじゃあ、一緒に私の実家に行きましょ』


歌でも歌い出しそうなほど上機嫌に桜乃ママンが誘ってくるが‥‥ん?待てよ。

明日‥‥‥明後日?


『えと、泊まりですか?』


『そうなんだけど‥‥ダメ‥‥かしら。お父さんとお母さんに‥‥可愛い孫の顔を見せてあげたくて‥‥』


やめろぉぉぉおおお!精神攻撃はやめてくれ!そんな事言われたら、


俺は‥


俺は‥



『いえ!全然大丈夫ですよ!行きます』



屈するしかないじゃねーか‥‥




というわけで翌日の朝、桜乃の住んでいるマンションへ行くと一台の車の横に桜乃が立っているのが見えた。


桜乃は白のティアードワンピースに桜色のストールを羽織っていて、明色に対して桜乃の長い綺麗な黒髪が映えてよく似合っている。


桜乃もこっちに気付くと‥‥




全速力で走ってきた。




って、いやっ何で走ってきてんのっ!?

俺が今からそっち行くし。

靴も走りやすいようなものではなく、パンプスなので転ぶんじゃないかとヒヤヒヤして俺も駆け寄ると、



「蓮華君っ」



と抱きついてきたので力を抜いて抱き止める。


わずかに震えてるし、車の横で待ってたって事は祖父母の家に行くって名目だと車に乗れないくらいダメなのかもしれない。


存在を確かめるようにギュッと抱きつく桜乃に


「大丈夫だよ、桜乃ちゃん。ここにいるから。いなくなったりしないから」


そう言って頭を撫でてやると段々と落ち着いてきて腰に回した手からは解放されたが、今度は腕にコアラみたいに引っ付いて離れない。



まぁ‥これはしゃーないか。



桜乃をくっつけたまま車の方へ歩いて、運転席にいる桜乃ママンに挨拶する。


「おはようございます」




ちなみに昨日電話で聞いたが、桜乃パパンは仕事で来れないらしい。


桜乃パパン見たことないんだよな‥‥


そういえば『桜色のキス』でもパパンの立ち絵は無かった。

まあ、もし『桜色のキス』の方で登場して、それがイケメンで人気出ちゃったりなんかしたら、血迷ったゲーム会社がダメな方向の何かをしそうだが。


『桜色のキス』といえばGW中のイベントで今の桜乃と関わりのある人だと、


柊木だったらサッカー観戦に行って、ペアのユニフォームを買ってそれを着て応援する。


天霧だと美術館に行って、つらつらと展示物の解説をされる。


葉月蓮華の場合は買い物に外に出ていたところを桜乃が確保して、半ば強引に家に連れて行ってアルバムを見ながら思い出話をする。

ここで初めて、再会してからずっと笑ったとしてもぎこちない作り笑いだった葉月蓮華が昔みたいな笑顔を見せたりする。


そう、『桜色のキス』でも家には行くんだよ。


だが、今から行くのは、



家は家でも桜乃ママンの実家だがな。




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