38. 『お前が好きだ』って


「次の方、どうぞっ」


にこやかな笑顔の紫と白のドレスに身を包んだ案内の姉ちゃ‥‥リナリアの妖精に導かれて、サキと観覧車へ乗り込んだ。


「わー、中も綺麗だねー」


サキが感嘆の声をあげて中を見渡している。


観覧車の内装はリナリアの妖精と同様に紫と白に彩られていて、四隅にはリナリアの恐らく造花が飾られている。



‥‥あれ、パクられたりしねーのかな。



なんてどうでもいい心配をしながらサキと対面になる形で座る。


段々と高度が上がっていくのを窓から眺め、何となく会話が無くなったのでサキの方を見ると目が合った。


夕暮れの茜色の光に照らされているサキは、いつもと違って見えて‥‥


「あの‥さ。隣、座っていい?」


「あ、ああ。‥いいけど」


少し横にずれて空いたスペースにサキが座る。

今日、幾度となく感じたはずの果実のような甘い香りに何故か少し緊張した。


「ツキはさ、好きな人‥‥いないんだ?」


「あー‥フィアちゃんに聞いたのか」






フィアちゃんとした会話を思い出す。


『ねぇ、レン。後ろのお姉さんは恋人なの?』


フィアちゃんは蓮華の発音がし難いと、俺をレンと呼ぶ事にしたらしい。


『いや、違ぇよ』


『それじゃあ他に恋人はいる?』


『それもいねーな』


『ふーん。でも、あのお姉さんは多分‥‥じゃあ、レンは好きな人はいる?』


何かボソボソ言い始めたと思ったら次は好きな人か。


『んー‥‥いねーかな。つーか、何で急にこんな話になってんだよ』


『女の子が恋の話に興味があるのは万国共通なのよ?それじゃあ好きなタイプ!これなら無いなんて事ないでしょ』


好きなタイプか‥‥少し考えてみると輪郭がぼやけてはっきりしないが、何となく笑顔が頭に浮かんだ。


『そうだなー、笑顔が似合う子とか?』


『ねね、今誰かの顔が浮かんだでしょ?誰?後ろのお姉さん?』


『さあなー』


こんな話をしていたが、バラされてたのか。








「私は‥‥いるよ。‥‥好きな人」




サキが胸元をギュッと押さえるようにして言う。


それは、何か溢れるものをグッと堪えているように見えた。


「それは‥誰?って聞いてもいいやつ?」


「だめ‥‥だけど、ヒントならいいよ。‥‥その人はね‥」


サキが懐かしむような目をしてから、そっと目を閉じて話を続ける。



「学校の行事に遅れても、転んで足を痛めたお婆さんをおぶって家まで送ってあげたり」


「イジメられて泣いている子を、放っておけなかったり」


「いけない事をしたら、ちゃんと叱ってくれて」


「元気がない時は、気付いて励ましてくれて」


「迷子で泣いている子を笑顔にできる」




「そんな、‥‥優しい人なんだ」




そう言って、サキが目を開いた。




「そっ‥か」


「今は、私を好きになってもらうために頑張ってるところだけど、絶対に好きって言わせてみせるんだから」


「‥‥」


「だからね、私の好きな人には覚悟しておいてもらわないと。私は有言実行の女だから。にひひ」


そう言って、スッキリした顔でサキは笑った。




これ‥‥やっぱり俺‥‥だよな?






観覧車から降りて、猿川と真山と合流した。


パレードが通る場所まで歩きながら少し離れてサキと真山が楽しそうに話をしているが、真山の成果報告を受けているんだろうか。


そんな2人を見ていると隣の猿川が口を開いた。


「俺と真‥やま、幼馴染なんだよ」


「ほー、ソウナノカ」


知ってるんだよなー。


「ずっと嫌われてると思ってたんだけど、違ったらしい」


「実は好かれてたり?」


実はも何も好かれてるんだけどな。


「どうだろうなー。ただ、中学あたりから避けられてたんだが、揶揄われて恥ずかしかったからそんな態度をとってた。だからごめんって謝られた」


「んで、猿川は何と?」


「‥‥嫌われてるわけじゃなくて良かった。って」


おや?猿川の顔が赤い。


これは‥‥あれか?両片想いってやつじゃねーかこれ?

受験勉強の時に、サキの部屋で読んだ少女漫画で両片想いなるワードを覚えた。


これはもしかすると今日にでもカップル成立ありえるかもなー。





その後はパレードを見て、お土産コーナーで買い物をして、そのまま帰る事になった。

真山と猿川は家が近所だから一緒に帰って俺は、


「サキ、家の前まで送るわ」


「帰るの遅くなっちゃうからいいよ。駅も違うし」


「遅いから送るって言ってんだよ」


「‥‥心配?」


肩を寄せて見上げるように、小さな声でそう言うサキに


「まあな」


と返しながら視線を逸らして頭をひと撫でした。



そんなやり取りがあってサキの最寄駅で降りて家まで送っている。




「夜はちょっと寒いねー」


そう言って腕のあたりを摩るサキに、着ていたシャツを掛けてやった。


「無いよりはマシだろ」


「うん‥‥ありがとう」


会話が止まって、夜道に2人分の足音だけが響く。


遊園地を出てから手は繋いでいないが、いつもよりサキの距離が近い気がする。


ふと見えた桜の木を見て、‥‥桜乃とはいつもこれぐらいの距離感だったかもしれないなんて思った。




そういえば‥サキの親と姉ちゃんって結構な心配性だったと思うが‥


「遅くなるって家の人には言ってあんのか?」


今は21時前あたり。女の子が出歩くには少し遅い時間だろう。


「ツキが送ってくれるから大丈夫。って言ってあるよ」


「何だよ、送るの織り込み済みなんじゃねーか」


「へへっ、ツキは優しいからね。きっと送るって言ってくれるんだろうなって」


そう言って笑うサキを見ると、観覧車での事を思い出す。




『そんな、‥‥優しい人なんだ』




観覧車でサキに告白されていたら‥‥多分OKしていた。

好きと言うより‥‥嫌いなところが無いから。


サキの事は好きだが、だったら俺は自分から告白するほどサキを異性として‥恋愛対象として好きなのか?


んー‥‥‥‥‥






だぁぁぁあああああ!分からんッッ!!






ここは、サキの言葉に甘えるか。


なあ、サキ。


もし、サキの好きな奴が俺なんだとしたら、


好きと言わせてみせてくれ。


有言実行の女なんだろ?


自覚できたら、その時はちゃんと言うからさ


『お前が好きだ』って




「そうだな、俺は優しいから送るって言っちゃうな」


そうサキに笑いかけると、今日一番の笑顔を返してくれた。



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