37 修学旅行のノリか……?
振り返るなら。
「おめーの服とか、外に置いとけよ。ああ、バックパックもな。悪いようにはしないさ洗浄だよ。盗まねーから。盗もうとしたら、エイル様が、逆襲されそうだから。」
「!ああ、ありがとう。」
言ってきて。
何でも、洗濯してくれるらしい。
このままだと、悪いということもあるか。
ついでに、バックパックの中身だって、綺麗にしてくれると。
それならと、俺は嬉しく思えて、そっと口元に笑みを浮かべて頷いた。
エイルの待ったを済ませたなら、ようやくと通路を進んでいく。
ああ、風呂だなんて、大層な設備はこんな小さな艦船にはあるまい。
せいぜい、直立で浴びるシャワーが備えられているだけ。
脱衣所はあれど、広くはないし。
まだ、港に帰ったところの方がマシかな。
まあ、そうであっても、のんびりできるほど良い物でもないが。
「……ま、仕方ないか。」
溜息つきつつ、シャワー室へ入っていく。
色々なことの溜息。
精神的なそれもあるが、失敗したことと笑われたこと、頭をよぎって。
洗い流そうとしても、拭えやしないかも。
そうであっても、洗い流されるのを期待して
荷物を下ろして、服を脱ぎ、簡素な扉をくぐり抜けて行く。
シャワーヘッドを見上げる形となっては、目を瞑り、シャワーの栓を開いた。
雨のような音を上げて、温かい水が体中を巡り、流していくのを感じる。
先の、水を体にぶっかけられるよりは、はるかにマシだね。
一しきり流し終えたなら。
近くにあるシャンプーを手に、髪や身体全体に泡立てて。
汗や汚れごと、海水の感覚さえ洗い流して。
だけじゃないか。
今日のあんな失敗に笑われることも、だね。
スッキリしそうなところで。
「邪魔するぜぇ~。」
「ああ。」
やがて、賑やかになるか。
声が響いてきて。ようやく失敗の記憶も薄れて。
前向きになろうという最中、返答に俺は、爽やかかも、軽やかに応じた。
「……?!」
……といった時に、ふと我に返る。
ここにおいて、一体誰が声を掛けると言うのか?
いや、ここにて声を掛けるのは、他ならぬヴァルたち以外ありえない。
なお、トールは除外。挨拶でさえ、小さく鳴くだけだから。
エイルだって違うさ、何せエイルはより子どもらしい、甲高さがある。
そうではない、妙に突き刺さるような言い回しには。
最早あの人物以外ありえないと、脳が導き出す。
ヴァルだ。
気付くなり、ぎょっとして見渡しつつ。
「……もしかして、ヴァル?」
壁の向こうから、聞いてみた。
「あ?あたし以外の誰がいるってんだ?化け物でもいんのか?へへへっ!どこにいやがるってんだ?このヴァルキリー様が食ってやるぜ!!」
「……ああ、ヴァルだな、うん、安心したよ。」
返答はらしくあり、他ならぬヴァルのようだ。
……なお、化け物だろうという口調に。
それは新手のジョークかと心の中でツッコみを入れつつ、ある意味で安堵する。
「……って、じゃない!!!」
安堵したところで、冷静になるなら。
そもそもと思うことがあると、つい叫ぶ。
「……んだよ。きゃーきゃーきゃーきゃー騒がしい。壁の染みが幽霊にでも見えたのかよってんだ!」
「……いや、そういうのじゃなく、何でヴァルがいるんだ?」
「決まってんだろ?入りたいから。」
「……どういう風の吹き回し?いや違うな。どういうつもりだ?何で、一緒に入ってくるんだ?今まで、入ってくることなんてなかったくせに。」
女々しいと壁の向こうから言われる。
言われるから、理由を述べるが。
いまいち、ピンと来ていない様子。
「……ぬぅ。」
困ったと頭を掻いてしまう。そう、察しが悪すぎる。
今まで、こうして一緒の浴室とかに入ってくることなんて。
ほとんどなかったはずなのに、今日はまたなぜだと?
「ええ?そりゃ、あたしゃ、猫だぜ?好きな時に寝て、好きな時に起きる。んで、好きな時に身体を綺麗にするってんだ。だから、あたしは今、お前が入っていても気にすることなく入ってんだ。これ以外に、何か理由が?」
「?!……じゃなくて、その……だな。」
しかし、理由には余計に困らされる。
何せ、ニヤニヤ顔が思い浮かぶ顔で。
猫であるなど、引き合いに出されるのだから。
確かに、その頭頂部に生えてあるのは、猫耳には違いないが。
が、それは見かけだけで、実態は決して可愛らしいものじゃない。
今日だって、輸送船団を、たった2人ほどで制圧せしめる。
化け物なのだから、そう、……どの口が、そのような呑気な存在を語ると。
困惑に、果たして、何を言うべきか、言葉に迷った。
「ええい、まどろっこしい!」
さて、その迷いが面倒に思えて。
吐き捨てるように言っては、迷いを振り払った。
「……そもそも、俺は男だ。」
「ああ。見りゃ分かるぜ?乳は出てないが、あたしらのおかげで、筋肉が付いた体つきだしな。」
「……ええい!そういうのはいい。」
「あ~?」
まず、として話そうとするものの。
ヴァルはいまいちしっくりこない言い回しであり。
それは余計にこちらを困惑させてしまう。
褒めているのか、どうかよく分からないことに、感情がバグを起こしそうになり。
頭を掻いて、拭い捨てる。
「それはいい!それよりもだ、何で、裸の男がいる所に、裸の女がいるんだ!……色々と……あれだ、緊張しちまうだろうが!」
「はぁ~?」
「?!……ぬぅぅぅ。」
それよりも、と。
そんな関係でもないのに、なぜ裸同士でシャワー室内いるのだと。
気が気じゃなくなる!
だのに、ヴァルはあんまり響いていないようだ。
響かない返事が壁の向こうから返ってくるだけで。
響かない様子に、頭を抱えてしまった。
「邪魔するぜ~!」
「……みっ!」
「?!」
……にもかかわらず、追い打ちを掛けるように、扉の外から声が聞こえるなら。
そう、エイルとトールの声で、耳にするなら、目を丸くしてしまう。
「……ちょっと待て、お前ら!!」
「あ?」
「……みっ?」
このままだと、埒が明かん。
とりあえず、扉の内側からでも聞こえるよう、声を大きく待ったを掛ける。
「……男の俺がいるのに、何で入ってくるんだ?!」
「?だから?」
「……みっ?」
「……ぬぅぅぅ!!ダメだこいつら!!話が通じない!!」
言ってはみたが。
暖簾に腕押しとは、こうか。全然通じない。
そのことに、頭が痛くなる。ダメだこりゃ、2人とも結局、ヴァルと同じ考えだ!
「?!」
挙句の果てには、俺のことをどうとも思わずに、各々のシャワースペースへ行き。
水音を立て始める始末。
これでは、伝わらない!
「おいおい。気にしてんの、お前だけだぜ?フェンリル。」
「?!……って、元凶が何言うか!!」
追い打ちに追い打ちを掛けることを、ヴァルは言ってくる。
気にし過ぎだとしても。
俺としては、ある意味元凶が何を言うかとツッコみたくもあるが。
多分通じないだろうな。
「第一、別に男や女関係ねーだろ?あたしらどうせ、鉄砲や槍と変わらねーんだからよお。それとも、何かあんの?」
「?!……。」
気にし過ぎということを、重ねるように言ってもきた。
こうも言われ続けると、俺が間違っているのかと思ってしまうほどに。
とうとう、言葉が浮かばなくなる。
「んぁ?そう言えば……。」
「?!」
それとは違い、別の人は言葉が浮かぶようで。エイルはそうして声を上げて。
何事と耳を向けると。
「閃いたんだが、もしかしてフェンリル、〝オスの発情〟でもしてんのか?」
「?!」
エイルが壁の向こうから言うことには、発情だと。
それが余計にドキッとさせるが。
「?!んだと?!」
同じように耳にしていたヴァルは、耳を跳ねさせて、声を弾ませてくる。
「!!」
弾みの勢いは、身体にも表れているようだ、隣の壁が、ドカドカと音を立てて。
そうだね、上っているような?
見上げたなら、壁と天井の間の隙間から、瞳が見える。
……ヴァルが覗いている!
それも、目が血走っている様子で、興奮を表しているかのよう。
「?!……。」
様子に、恐れおののきそうになるが。
「……あの、ヴァル?……何をやって?」
何も言わないのもダメだろうて、とりあえず聞いてみることにする。
「何ってそりゃあ、〝オスの発情〟ってのはどうなのか、見に来たんだよ。だからさ、よく見せろよぉ~!お前の身体!」
「?!……って何だそりゃ?!」
聞けば、ヴァルはニヤニヤしているようで、瞳はそんな感じに。
言うことも、さも、修学旅行の男子生徒みたいなノリであり。
期待の眼差しさえ、向けていた。
体つきは女性のくせに。
ヴァルはどうも男性みたいであり、どう言えばいいか分からなくなりそう。
「!」
眼差しに俺は、何も言えないでいるが、何かはする。
男性の大事な部分を、手で覆い隠して、見せなくしている。
「見せろよぉ~!なぁ~!」
「?!」
気付かれるなら、ヴァルは煽ってきて。
もちろん、言われても俺は、そんな簡単に見せるわけがない。
「……でね~と、あたしがそっちに行って、〝ナニ〟をこすこすしてやっぜ?したら、オスの発情見れるかな?ひひひっ。」
「!!」
追い打ちを掛けるなら、こちらに来て、……何かするようだ。
もちろん、想像がついていて、嫌な予感しかない。
「や、やめろバカっ!!そんな恥ずかしいこと、できるかぁ!!」
反撃には、残念だがこれしかできない。
精一杯、やめろと叫ぶしか。恥ずかしさ、噛み締めながら。
「えぇ?!それ言っちゃうの?言っちゃうの?言われると、あたしはますます見たくなるんだよなぁ。だって、猫ちゃんだもの~。」
「?!……。」
だからといって、ヴァルが大人しく言うことを聞いてくれるはずもない。
ああ言えばこう言う状態で、いまいち効果がない。
むしろ、煽りに煽りまくるだけで、始末に負えない。
「……ぬぬぬぅぅぅぅ!!」
言っても聞かない、そんな相手に、どうすることもできないか、呻くしかない。
「……!!」
そんな中、見渡していた際に思い付くことが。
流れ続けているシャワーだ。
「……。」
思いついて俺は、股間を大事に包んでいた手を離して、シャワーへと。
「!!おほっ!見せるってのか?!オスの発情!!」
一方、ヴァルは、期待に胸をときめかせているようだ。
覗く向こうから、鼻息さえ聞こえてくるかのよう。
俺はそうして、シャワーに手を掛けるなら。
出てくるお湯の温度を思いっきり上げて。
「!……くっ!」
熱に痛みを感じはするが、熱湯を溜めて。
「……のっ!!」
それを思いっきり、覗いているヴァル目掛けてぶっかけた。
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