33 ……俺の過去

 顔色一つ変えることなく、言われるがまま、静かに頷く。

 新たな刺客と思うかヴァルは、やはり牙を剥き出して、威嚇するかのよう。

 トールは、静かに見ているだけ。

 臆することもなく。

 ゆっくりと、怒れる野獣に近付いていく。接近に余計荒ぶるが。

 その時トールは、小さく鳴いて、そっと、身体を屈めて。

 「?!」

 軽く地面を蹴っただけで、何と、素早くヴァルの後ろに回り込んで。

 かつ、その両手を後ろに組み伏せたのだ。

 ヴァルもそうだが、トールのそれには、心底驚かされる。

 姿形も、そんなに変わらないのに。多分、同い年なのだろうが。

 この当時のヴァルにはできないことも、トールはできていたのか。 

 もちろん、その驚きようは、ヴァルも同じ。

 自分とそれほど変わらない子が、自分以上の動きを見せつける。

 それも、感情が一切動かずに。 

 「!」

 だけじゃない。

 ただ単に組み伏せれば、それは暴力と同じ。

 だのにトールは、終わらずになんと。

 ヴァルを優しく包み込むように抱き締めて、軽く頬を舐める。

 涙しながら唸っていたヴァルは、唸るトーンを下げて。

 震え、嗚咽し。それも、トールは包み込む。

 そうして、ヴァルは大人しくなり、大人たちに連れて行かれるようになる。 

 また、何を思ったか、いっそのことと、ヴァルとトールを一緒にするようにした。

 それからというものの、彼女たちは実験に使われて。

 心痛むだろうにも、だが、トールが支えて。 

 やがては、ヴァルも自分がモンスターであると自覚。

 今のように、心躍るように弾みながら作戦を遂行していくようになる。 

 そう、成長の果てが、あのヴァルなのだ。

 「……。」

 そのような苦しみを見せて、あるいは俺もそうなってしまうのだろうか。

 考えてしまう。

 「……。」

 それにしたって、トールと一緒にいて、荒んだ生活だろうに。

 果たして潤いや救いはないのだろうかとも、考えてしまう。

 そっと手を伸ばして、探るように動かすなら。

 ―あ?!こ、こらぁ?!

 「……?」

 どこからか、今のヴァルの。

 やや恥ずかしがるような声が聞こえてくる。

 ……なお、幻聴のような感じもして、気にせず俺は、探るように歩き出した。 

 「!」

 歩き出すと、風景も流れるみたい。

 そうして求めるなら、温かな雰囲気の空間へと抜け出た。 

 そこは、簡素ながらリビングのよう。

 テレビだって備え付けられて、軽快な音楽を奏でている。

 そこに、食い入るように見つめる、2人の少女の姿。

 二人とも、先ほど見た姿であり。

 そう、ヴァルとトールの2人だ。

 また、もう一人いるみたい。2人から遠い所だが。

 こちらはテレビなんて興味なく、本を読みふけっているよう。

 三毛猫の猫耳娘で、似つかわしくない白衣を羽織った。エイルだな。

 なお、この時から身長は変わらないようだ。

 ただし、先の2人が幼いことから、身長差がそれほどないのだが。

 では、そんないつもの3人の日常において。

 先の2人が何を見ているかと見れば。

 「?!……。」

 俺の世界でもあった、魔法少女系統の物語。意外な一面に、俺はつい言葉を失う。

 もちろん、今?のあんな粗暴な様子からは、想像できない。

 「!」

 おまけとして、ポーズまでとって、さも登場人物になりきる様子まで。

 ヴァルは、立ち上がって、ウィンク一つ飛ばし。

 手で、らしいポーズをとっていた。

 その、幼い少女らしい姿であるが。

 今の姿を知っている身からしては、違和感だれけでどこか滑稽にも思える。

 なお、ヴァルはその後、エイルに思いっきり叱られていたが。

 今のヴァルにも通じることだが。

 言うこと聞くわけがなく、そのまま騒ぎ立てる。

 そこに、トールまで加わるのだから、リビングはカオスの様相に。

 その中でヴァルは、さも魔法少女になりきって、エイルを攻撃する始末。 

 ……今からすると、思いっきり恥ずかしいような気がして。

 「……!!」

 ―や、やめろっつってんだろうが!!!

 その通りにか、今のヴァルの声がして。

 加えて、引きずり出される感覚が続いた。

 

 「?!……。」

 引きずり出されたと思ったら、俺はまた、空を仰ぎ見る世界にいた。

 いや、戻ったのか。耳を澄ましたり、軽く視線を動かしても。

 先の、魔法少女系統の物語を見ていたであろう、リビングの光景でもなければ。

 最初の、無機質で凄惨な空間でもない。

 戻ったということで、最初の凄惨さは、今起きたことでないことに、安堵するが。

 「フェンリル!!てんめぇぇ!!!」

 「?!」 

 別の、そう懸念は起きる。

 嫌に威嚇するような声が響き、何事と身体を起こせば。

 仁王立ちして、俺をぎろりと睨み付けるヴァルの姿があった。

 原因は?などと、とぼけそうになったが、頭振って、いや分かると。 

 先の、リビングのあの情景だろう。あれを、余計に見てしまったがために。

 「の、覗いたよな?!てめぇ!!」

 「!!……そ、そんな怒るほどのことじゃ?!だ、だって。こ、こんなポーズ、年頃の子どもじゃやりそうな……。こ、こう、き、〝きらり~んっ!〟……とか。」

 「?!……っ?!……っ?!!」

 「!……。」

 威圧された挙句、掴み掛られかねないならと。

 とりあえず慌てながらフォローするならあんな背格好の。

 まあ、年頃の女の子なら、やりかねないと。

 また、なぜだか、恥ずかしいだろうに。

 大の大人の、まして男が可愛らしくそんな姿を披露するものだから。

 向こうは絶句、俺も何をしているのか分からなくなる。

 ……いや、絶句というより、ショックだ。

 声にならない叫びを上げているかのよう。口をパクパクとさせているのだから。 

 「……ぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!やめろぉぉぉ!!それは、あたしの恥ずかしい姿なんだよぉぉぉ!!!」

 「?!」

 からの、ヴァルは咆哮みたく叫び、頭を抱えて悶える。

 殴りかかられるかと思っていた俺にとっては、その様子に拍子抜けと感じる。

 「……ぅぅぅうううぬぅぅぅ!!このあたしが、こうも精神攻撃を受けるなんて、腹が立つ!やられたら、やり返してやる!!100倍返しだぁ!」

 「?!」

 その悶絶も、そう長くは続かない。 

 ヴァルは唸り飛ばして、払拭しては顔を上げて、こちらに向き直り、言ってくる。

 どうやら、俺にやられたのが腹立たしくも感じ。

 これから反撃にでも移ろうかとしているのか。

 言われて俺は、何をされるか分からないと思い、身構え。

 咄嗟に、バックパックを身体の前に持ってきて、顔を逸らす。 

 「殴っても効果はあるだろうが、多分てめぇのその盾が気に食わねぇことをしでかすだろうからな、面白くねぇ!なら、同じようにしてやっぜ!てめぇの記憶覗かせて貰ったからな!その中で、選りすぐりのエピソード公開してやらぁ!!!」

 「?!な、まさかっ?!」 

 何をするか、……どうやら、殴る蹴るなどとという暴力ではなく。 

 どうも、そうするとバックパックの中の盾が反応すると思っていてか。

 俺がヴァルの記憶を覗いていた傍ら、向こうもこちらの記憶を覗いていたらしく。

 そこで得た情報から、精神攻撃を行うらしい、自分がそうやられたように。

 「たりめーだ!てめぇと繋がってんだからな!あたしだって、てめぇの記憶見るぐらいどうってことねーぜ!ひひひっ!……このあたしを、辱めたんだからな!せいぜい、足掻くといいさ!!!」

 「!!……ぬぅ!」

 何を言うか決めていてか、ヴァルは顔が赤くなっていて。

 不敵に笑みを浮かべて、指を俺に差しながら、言ってきて。

 その様子に、何を言われるか、恐怖を感じてしまい、身がすくむ。

 「?!」

 「ひひひっ!」

 だが、すぐには言わない。

 まるでそう、隙を伺って、突き刺す瞬間を狙うかのよう。

 取っ組み合いでもそうだったが、そこはやはり手練れ。

 どこで言い放つか、観察しているみたい。 

 「!」

 捉えたか、瞳が一瞬、きらりと光ったように開かれ。

 「すぅぅぅ……。」

 ヴァルは息を吸い込んで、構えて。

 俺は、それだけで青冷めてくる。

 「……す、〝すっごーいっ!君はそんなことができる子なんだね!〟……。」

 「……?」

 「……。」

 何を言うか?俺が、ショックを受けることか?

 ……ではなく、ヴァルが口にしたのは、あるキャラクターのセリフのようだが。

 精一杯可愛らしい声を出して、やってきたようだが。

 しかし、所詮精一杯であり、素で可愛いそれでもなく。素振りも、そう。 

 だとすると、……これもまた、拍子抜け、俺は首を傾げてしまう。

 ヴァルは言って、絶句。

 自分でも、気付いているのか。 

 「……なぁ、折角あたしが可愛らしいセリフ言ったんだ、何か言えよ。」

 「!……ええと。」

 そんな中、せめて、何か言って欲しいとも言われて。

 コメントに困るが、俺は思考巡らせて。

 「……ちょっと、可愛くない……かな?何だか、無理して出しているかのようで。それじゃあ、心は動かないかも……。……で、いいか?」

 言いにくいが、コメントを求められるとして。

 仕方なく紡ぐ。

 言葉にある通り、ヴァルの雰囲気的に、似合わないかも。

 また、聞いていて、無理して出している感があり、心は動かされない。

 「……ぬ、ぬぬぬ……。」

 「?!」

 ヴァルは、言われてどう感じるか。このまま、苛立って殴りにかかるか。

 言った後、つい身構えてしまうが。 

 どうも違い、震えだして。

 「ぬぬがぁああああああああああああ!!!!!」

 「!!ひぇっ!」

 咆哮して、悶絶して。

 さらには、攻撃しだす、自分を。

 悶絶、掻き消したくヴァルは、頭を地面に叩きつけていて。

 思いっきりぶつけるのだから、痛いだろうにと思えるものの、そこはヴァル。

 自らをモンスターと称するだけあって、自分の頭が割れるよりも。

 地面が逆に割れ、掘り進められてしまう。 

 「……。」

 先ほどの発言は、墓穴か。

 しかし、こうして悶絶して、実際に穴を掘るとは……。

 何とも言えなくなる。

 「何でだよぉ!!このクソ真面目!!!いや、何でだよぉ!!こいつは、あたしの中に入り込んで、あたしゃ、門前払いってぇ!!」

 「?!……。」

 うわ言か、悔しそうに何か言っているが。

 ヴァルでない以上、一体俺を覗こうとした時。

 何が起きたのかは分からないでいる。

 メンタルへのダメージは、どうやら追い打ちを掛けられたかのようで。

 「……。」

 また、救いの言葉思いつかない俺は、どうすることもできない。

 誰かに救い求めたく、見渡した。

 「!」

 「……みっ。」

 そんな折に、多分、ヴァルの工事現場のような頭突き音を聞きつけてか。

 遠くからトールがその姿を現す。

 小さく鳴いて、呼んだ?と言わんばかりに、片手を上げてきて。

 「!」

 その姿に、救いを感じて、俺は安堵する。 

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