32 ヴァルの過去

 ヴァルは、感心した風を見せ。

 「ま、……理解できないわけでもない、な。だがな、よく聞けよ?」

 「?!」

 より深く、ニヤリとした表情をしては、今度はこちらと、紡ぎだす。 

 その表情たるや、暗澹とした、深い闇の表情とも捉えられる陰りを帯びていて。

 不気味も感じた。 

 「あたしら、化け物だぜ?そもそもの話。たとえ、お前が殺さなくても、相手は、どうせ死ぬ。死ぬ確率は、200%。」

 「?!」

 紡ぐや、確率をと。

 だが、パーセンテージが妙だ。心の苦悶から、疑問に顔が曇ると。

 「分かんねーって顔してんな?別に不思議じゃねーが。いいか?まず、あたしらと会敵して死ぬ確率が、まあ90%。生き残っても、あたしらと会敵するなり、そのままあの世に行くなりで、110%。そういうこった。……だから、お前がいくら悩もうとも、どうせいなくなる。悩むだけ無駄ってこった。」

 「!!……ぬぅ。」

 そこへの答えは、察したヴァルは言ってくれる。 

 どの道、普通の生物はいなくなるのだと。

 だから、悩むのは無駄なのだと。

 そうであっても、腑に落ちない俺は、やはりまだ。

 ヴァルのように振舞えるわけではないし、悩みが消えるわけでもない。

 それらの困惑に、唸るしかなかった。

 「……ふぅん。まだ、理解できねぇってか。んじゃま、こうはどうだ?いいか、もうあたしらは、単なる生物じゃねぇ。兵器なんだ。武器なんだぜ?ええ?お前が手にしているそのレーセ同様、お前が使ったライフル同様、兵器なんだ。兵器が、相手の生死を問うことなんて、愚問なのさ。」

 「!!」

 腑に落ちないならと、俺に問い掛けるように言うことには、兵器なのだと。 

 そう、俺たちは、モンスターだと。

 モンスターという兵器である以上。

 ヴァルが言う通り、生死を問うことは愚問であるのだと。

 「剣や銃は、相手の生死を聞かない。聞くのは、扱う〝人間〟さ。んで、あたしら兵器の立場だ、問うことはない。ただただ、〝上〟からの命令に従って、敵をやるためだけの存在さ。それ以外の何者でもない、ただそれだけさ。」 

 「!!……。」

 極めつけは、かいつまんで言うなら。

 自分たちにはそのような質問をすることもない。

 ただただ、剣や銃と同じように、使う相手の指示に従うだけの存在だと。

 それを決め手と言われるものの。

 やはり俺は、だからとして、頷くこともできない。 

 そも、俺はこうなる前までは、〝人間〟だったのだ。

 まして、銃なんて持ったことのない一般市民であった。

 それが、こういう風に改造されて。

 モンスターだのと言われる。けれども、俺は実感はない。

 だからこそ、そう、だからこそ、そう感じてしまうのかもしれない。

 「……まあ、御託はここまでってな、さっきも言ったが。やはり、お前は兵器としてはまだまだ、それもまず、精神が整っていないってんで、こっからは、言葉よりも、鬼のしごきで分からせるかっ!」

 「……?!な、何だと?!」

 「さあ、また取りな!!しごいてやっから!!」

 「?!ひぇ?!ぬぅ!!」

 そんな俺の様子はまた、察されて。

 言葉はここまで。まあ、ヴァルの性格からして。

 あーだこーだ言うのは性に合わないということか、翻って、また剣を突き付けて。

 身の翻しに、俺は慌ててしまい。 

 致し方なくレーセを取り、立ち上がり、対峙する形となって。

 「ハァァァッハァ!!!」

 「?!」

 ヴァルは、奇声のような声を上げて、口を開き。

 さも牙を剥き出すようにしたなら、またもレーセを構えて、突撃してきた。 

 剣閃による、しごきがまた、始まる。

 俺は、軽く悲鳴を上げつつ、ヴァルのしごきを受け続けることとなった。

  

 「……はーっ!……はーっ!」

 それから、どれぐらい時間が経過したか。 

 陽の高さから、それほどではないにしても。

 正直、100m走しながら、フルマラソンを走ったかのようだ。

 結果、俺は、息が上がって、倒れ込み、空を仰ぎ見ている。

 それだけの時間、ずっと動き、いや、動かされ続けたのだ。

 疲労に、もう何も考えられなくなっていた。

 「ん~!いい運動ってか!」

 他方、平気な顔をしているのはヴァル。

 おそらく、初心者の俺を無闇に痛めつけないように。

 手を緩めてはくれたとしても、あれだけ動いたのだ。

 息が上がりそうなのに、涼しい顔をしていた。

 見ていて、ある意味すごいとも思えるが、不気味にも思える。

 あれだけの体力なら、本当に全力疾走でフルマラソンを完走しかねない。

 できるのか?

 できそう。なぜなら、モンスターだからと、その言葉で形容できる。

 俺の方は、しかしモンスターに分類されているとしても。

 全く意味を成さないだろうが。

 「……。」 

 悔しくはないが、……何とも言えない。 

 複雑な気分として、やはり空を見上げて、転換しようとする。

 「……にしても、お前は踏み込む時に、はっきりと躊躇うなぁ。やっぱ、身体をしごいても、難しいか。」

 「!……。」

 そんな折に、ヴァルはどうしようかと、顔を覗き込んでくる。 

 俺は、何とも言えず、顔をそむけたくもなる。

 今この瞬間に、早々変えられるわけもない。

 時間掛けたのに、まるで徒労に思われるのも嫌に。 

 「……。」

 ヴァルは、さてどうしようかと、悩みに、頭を掻き。

 「……う~む。使えっか分かんねーが、やってみっか。」

 「?!」

 悩み抜いた……というか、短時間だが。

その先に思い付いたらしく、何かするようだ。

 ヴァルは、自分の服の、胸の部分に手を当てるなら、開き。

 スフィアが埋まっているであろう、胸元の痣を曝け出してくる。

 何事と思い、俺は見入ってしまう。

 「!……言っとくが、お前に乳を与えるわけじゃねーぞ?あと、出ねーし。ちょっとだけ思い付いたこと、やってみようってな。」

 「!……。」

 何やら、思い付いたことはあるようだが。

 前提として、別に俺に与えるわけじゃないと。 

 ただ、どんな思い付きか、分からないが。

 「!!」

 その思い付き、実行するために、ヴァルがまずしたのは、俺の手を取ること。

 屈んでは俺の手を、何と、自分の胸元、痣の部分へとあてがっていく。

 感触がまず、伝わるなら、モンスターだと自負するに似つかわしくない。

 女性特有の柔肌が感じられて。

 ヴァルは、感じる感じない別に気にすることなく、目を瞑り。

 何かするためにか、目を思いっきり見開いた。

 「?!」

 その瞬間に、電撃が俺に入ってきて。

 また、何か、情報が伝わるかのような?

 いや、今いる場所から、どこか別の場所に飛ばされるような感触を覚えた。 

 

 風景は変わり、仰ぎ見ていた世界から、全く別の世界となる。

 そうだね、無機質な、コンクリート張りの空間か。

 そうはしても、現実に構築されたわけではあるまい。

 そんな、魔法なこと、失礼だがヴァルができるとも思えないし。

 ではこれは?

 「!」

 ふと、誰かの嗚咽を聞く。

 探せば、その無機質な空間の向こうに、一人の女の子を見付ける。

 灰色の長い髪に、猫耳を生やした女の子。

 座り込んで、顔を伏せて泣いているために、その表情は読めないが。

 誰だろうかと問う前に、それが愚問だと思う。

 ヴァルしかいないだろう。

 ただ、今のヴァルを知っているがために、あんな泣きべそな姿、想像できない。

 あるいは、ヴァルとて、最初はこうだったのだろうか?

 そう、想像する。 

 その少女は、泣きじゃくりながら。

 やがて、無機質な空間に現れた、白衣を着た人々に連れられて行く。

 叫ぶように拒絶を述べるが。

 この時の少女には、まだ力がないか、大人の力に引きずられるばかり。 

 連れられて行くのは……刑務所か?

 囚人服を着た人間取り囲む、嫌な空間。荒々しささえ感じる。

 そんな場所に、幼い女の子が一人。 

 放られて。

 他方、連れてきたであろう人たちは、安全な場所から見守り。

 いや、観察するかのようで、タブレット片手に、あるいは、資料片手に見ている。

 幼い少女は、あてがわれたレーセ片手に、殺せと命じられて。

 しかし、少女は、できないと涙目で首を横に振る。

 懇願さえあるか。だが、聞き入れてくれることはないし。

 まして、囚人たちは、苛立ちに幼子を容赦なく叩き伏せる。 

 「!」 

 骨が折れたような、嫌な音だってした。

 目を背けたくもなるが、どういうわけか、背けられない。

 そのまま、その悲壮を見据えるばかりでしかない。

 「?!」

 しかし、痛めつけられて、そのままではなく。

 そこは獣か、ヴァルは逆上して。

 大の大人である囚人の大男でさえ、斬り付ける。 

 咆哮して、地を蹴るなら、最早、幼子のそれではなく、獣のそれであり。

 斬り付ける速度は上がり、威力だって上がる。

 たったその一閃で、囚人を殲滅して見せたのだ。

 ……ヴァルであるなら、涼しい顔をしているだろう。 

 だが、少女はせず、涙して蹲るようで。

 「!……。」

 それには、ついはっとなる。

 同じであるということに、俺と。

 いくら今、兵器だ何だと自負していても、当初からそうではなかったと。  

 「!!」

 残酷かな、人は。

 そのモンスターに、情けを掛けることはない。

 また引きずるように立たせるなら、囚人への攻撃を続けさせる。

 嫌だ嫌だと、泣き叫んでも、やめない。

 兵器として生まれたがための、宿命に。 

 殺しを続けさせようと、なおも。相手は、どういう条件かは知らないが。

 面白く思えてか、なおもヴァルキリーを相手に、殴りつけたりしている。

 囚われの状況における、鬱憤晴らしにか。

 あるいは、そうしたら、何か優遇されることがあるのだろうかとか。

 何かそういう条件があるのだろう。

 したがって、たとえ幼子であっても、容赦しない。

 悲痛感じても、いや、感じないのかも、殴りつけて、痛めつける。

 その度に、少女は逆上して、殺めてしまうのだ。

 「!!……。」

 その惨殺風景見せられて、こちらは気分が悪くなるが。

 吐こうにも、吐けない状態であり、そこはよく分からないでいるが。

 しかし、見ていて気持ちのいい物じゃない。

 酷すぎる、そう言うしかない。

 繰り返し、囚人相手に惨殺させる大人は。

 いや、その大人こそ、モンスターだと思うほどで。

 もちろん、惨殺する本人もまた、感じているだろう。

 気分がいいわけがない。

 一しきり殺し終えて、終了だとしても。

 だが、気が狂うような状況に。

 最早獣と化した少女が、素直に応じられるわけもない。

 牙を剥き出しに、今にも連れてきた大人たちを。

 そっくりそのまま、殺しかねないほどだ。

 手のつけようがない、狂いよう。 

 そうは言っても、その大人たちも、用事があろうて。

 このまま手をこまねいているわけにもいかないか。 

 困ったとしても、致し方なく。

 電話片手に、何か呼ぶようで。

 応じるように、その凄惨な光景の中、誰かが歩いてきた。

 スポットライトよろしく、そっと照らされるなら。

 「!」

 縞模様の長い髪に、猫耳を生やした少女。

 姿も、知っている誰かとは違い、幼い。体つきは、もちろん幼子のそれ。

 今のような、出るとこ出てる、妖艶な体つきとは大違いだが。

 そう、トールだ。

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