第4話 鬼暴

 ――日差しが照り始める。

 それは窓越しに、僕の瞼の奥をほんのり温める。

 そして僕は目を覚ますのだ。


 小鳥のさえずりとともに、僕の口元は大きく開き、あくびが出てくる。


 ――さて、今日から頑張りますか。


 階段を降りると、本棚の前で整理をするエイルの姿が


「おはよう、エイル」

「お、ルーク、おはようさん」


 清々しい朝日が扉から零れて、部屋を日色に染めていく。


「もうクエスト依頼を受けに行くのかい?」

「あぁ。できるだけやって、またここに泊まりに来るよ」


 そう伝えると、エイルは喜んで頷き、いってらっしゃいと送ってくれた。


 とりあえず朝食を屋台で買って済ますか。

 昨日も食べたあれだ。「ただの宿屋」からすぐ側にある屋台。そこで売っている「カカルの実のジュース」と「角兎ラビッゲ肉のサンド」だ。


 ジュースは、カカルの実の果汁だけを繊細に抽出したような苦みのない、ほんのり甘い味わい。飲み込んだ後に渋い香りが鼻を通る。

 サンドは、パンの半切れふたつに、薬味も兼ねた野菜の葉と、その間に軽く燻製にした角兎ラビッゲの肉を挟んだもの。噛み切る時の食感が、シャキッとした葉とパンの柔らかさと角兎ラビッゲ肉のプリっとした感触が、見事なハーモニーを奏でている。

 味もまた然り。角兎ラビッゲ肉は程よい塩味が効いて旨みが広がる。そこに葉の、舌をつんと優しくつつくようなスパイシーさが相まって、これもまたハーモニー。

 ハーモニーとハーモニーが重なり合い、更なる味わいを広げる。そして全てを口に頬張り飲み込んだあと、残響のごとく香りが内をめぐるのだ。


 これはまさしく、壮大なオーケストラをそのまま食しているような、感動すら覚える。


 ――僕は無意識に感嘆の表情を浮かべていたのか、屋台の店主が僕をじっと見つめて。

「兄ちゃん、そんなに美味かったのか」

 そう、聞いてきた。


 うっすらと、ぱちぱちという拍手の音が聞こえてくる。

 無意識に僕が拍手をしていたようだ。


「すみません……美味しくて」

 そう言いこぼすと、店主は喜んだ表情でまた買いにこいよと言ってくれた。

 僕はもちろんですと答え、ギルドに向かうのだった。




 ――ギルドに到着。

 とりあえずクエストが貼り付けられている、クエスト掲示板に足を運ぶ。

 早朝だからか、そこまで人混みはなくて良かった、


 昨日受付した時に、クエストには種類があると聞いた。

 まず、依頼主が冒険者に依頼をする依頼型クエストだ。

 依頼型クエストは、依頼主が依頼したい人数分貼られているのが基本だそうだ。受ける時は貼り紙を受付に提出し、自分が受けるという提示をしてから、実行するのだ。こちらのクエストは向き不向きが多く、昨日冒険者になったばかりの人には向かないことが多い。

 そして、初心者向きのものが多く、尚且ついつでも受けることができるのが、常設型クエスト。

 常設型の方は、依頼主にとっての仕事や生活に必須なものが多いそう。そのため基本常時依頼として貼られており、依頼内容をこなした者がいつでも報酬を受け取れるというものだ。このクエストであれば失敗しても不達成ペナルティはなく、初心者に優しい。


 今回はもちろん後者。常設型クエストから探そう。


 薬草採集や、素手で倒せるレベルのモンスターのドロップアイテム納品など、敷地外でのクエストがある。だが今回は街でできるクエストだ。

 理由は、僕のスキルが人の居ないところでは使えず、熟練度をあげることができないからだ。敷地外でのクエストは―幻覚操作―が人以外でも使えるようになってから行こう。


 さて、クエスト選びだ。

 実は昨日ちらっと見た時に気になったものがあるのだ。

 それは「ギルド倉庫の運搬手伝い募集」という、ギルド自体から依頼が出ているクエストだ。

 これであれば、人と接するであろうからスキルが使えるし、ギルド職員と直で一緒に仕事をする訳だから安全だ。

 報酬は1時間手伝って4銅貨ダリス貰える。3食全部ジュースとサンドだとしたら、5時間の手伝いで一日過ごせるわけだ。6時間にすればお風呂にも行けるだろう。

 手伝いは受付に言えばその場所に連れてってくれるらしいので、受付に来て、連れてって貰った。


 ミリアちゃんがこの依頼を頑なに受けさせようとしてくれなかったのと。苦悶の表情を浮かべながら案内してくれているのがどうも怪しい。


 ――この時の僕は甘かったのだ。


 ここが最も地獄だということを――知らなかった。


「グライズさん……手伝いさんです……」


 ミリアちゃんが珍しく細々しい声で呼ぶそのグライズという者が、ここを仕切っているのだろうか。

 ――というかどこだ、そのグライズという人は。

 だって目の前は壁……


 ……じゃない……!

 これは……大男!!


「なんだぁ、お前が手伝うっつう奴かぁ? ひょろっちぃなぁ」


 壁かと間違う程の巨体のグライズは、その首をぐねりと下ろし、ぎょっと僕を見つめた。


「じゃぁ……頑張ってくださいぃ」


 ミリアちゃんが半ば半泣きで僕を見つめてそう言い放ち、走り去ってゆく。




 ――え、そういう?

 そういう感じなの?この依頼。


 そう呆けているのもつかの間だった。僕の肩にずしりと重みを感じる。僕は思わずひぇえと、声を漏らし、震えた。


「お前は壊れずに運び終えれるのかなぁ?ハッハッハ」


 鬼のような面相でニヤケるその笑みに僕は激しく恐怖を覚えた――


 ――ギャああぁああああああ!!




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