第3話 宿日

 今日クエストをこなすには少々日が遅いので、一旦宿で夜を越そう。


 ギルドを抜けると辺りには多くの宿屋があるのがうかがえる。

 ギルド正面の広間付近はさすがに空いてないだろうか、少し脇道を探す。


 少し歩くと、ちらほら空きがありそうな宿屋が見える。

 赤、青、黄のパステル調の宿屋。女性に人気がありそうだ。

 夜に映えそうなバーを兼用している宿屋。

 そのほか色々な、お店を兼用しながら営んでいるところもあるようだ。


 のらりと辺りを見回しながら進んでいたら、視界に影が乗った。

 正面には蔦が張り巡っている、少しボロいけれど奥ゆかしさのある建物。

 宿屋に見えなくもない。


 その左脇に添えられている看板には「ただの宿屋」とだけ書かれている。


 なんとも不思議な魅力のようなものに惹かれたのか、僕はそのドアノブをとっていた。


 ――そっと息を呑むように扉を開く。


 趣のある、木と金属が擦れる扉特有と言ってもいいあの音を立てながら、扉は開かれる。


 そしてすぐに漂って来たのは、匂い。

 心地の良い本の匂いだ。


 2回へ続く階段。その下の空間にある受付カウンターだろうか。

 そこにある人影がゆっくりとこちらを向く。


「――お客さん、だよね……」


 魔導師のような後ろ姿からは想像出来ない、自分と同じ歳程の面相で、その男は驚いたようにそう聞いてきた。


「はい……宿屋を探していまして……雰囲気が心地よく思えたもので……」

「人……」


 彼はそう一単語呟き、左手を鼻に添えるようにして少しの間考えたような後。


「いや、気にしないでくれ、ようこそ『ただの宿屋』へ。私はこの宿屋の主をしている、エイルという、よろしく」


 さっきの疑問めいた表情は捨てたように、優しげに挨拶をしてくれたので、僕も名乗り、挨拶を返した。


「どれくらい泊まる予定で?」


 彼はすぐに話を進めてくれた。


「冒険者になったばかりなんですが、安定するまでは泊まりたいんですけど、とりあえずお金がないので一泊で……」

「わかった。一泊3銅貨ダリスね。まぁ日数追加に制限はないから、気楽に泊まっていってくれたまえ」


 代金を渡したら、2回の宿部屋に案内され、鍵を渡してくれた。


「ありがとうございます! ……エイルさん」

「敬語はなくてもいいよルーク。僕のことも呼び捨てでいいよ、見た感じそんなに歳も遠くないだろうしね」


 確かに、宿を借りる身ではあるけど同じ歳程なわけだし、その方が距離感がなくなっていいかもな。


「わかった、ありがとうエイル」

「食事はうちは出せないから、他で買ったものを持ち込んで食べてくれ」


 そう言い伝えたあと、エイルは下に戻って行った。


 僕はとりあえず近場の屋台で売っていた「カカルの実のジュース」と「角兎ラビッゲ肉のサンド」、合計5銅貨ダリス分を買って部屋に戻る。



 ――さて。

 今後の方針を考えるとしよう。


 今の金銭的に結構厳しかもしれないが。(残金7銅貨ダリス


 ギルドのクエストに、雑草取りや掃除などといった、かろうじての生活資金はまかなえそうな依頼があったから、当分食って寝てが一応できるとは思うが。

 討伐依頼などは厳しいだろう。


 通常討伐依頼は、戦闘向きのスキルや魔法を使える者がするのだが、僕のスキル「―幻覚操作―」は今のところ対象が人間としか書かれていないのだ。


 通常スキルは、経験を積むに連れてできることが増えていく。

 だから僕のこのスキルもおそらく使っていけば対象が人間限定では無くなるだろう。


 ということで明日はそれを実行しながらクエストをこなそうと思う。

 何をするかって?

 ただ腰に巾着をつけているという幻覚を周囲の人にずっと見せる。

 スキルの使用限界で急に見えなくなっても、シラを切って気の所為だといえばいい。

 実にいい作戦だと思わないか?



 ……誰に問いかけているのだろう。

 とりあえず今日は買った夜食をたべて寝るとしよう。



 ――適当に買ってみたジュースとサンドが思いのほか美味く、後のソウルフードとなったのはまた後の話。


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